長身か、眉間の皺か、それとも赤い髪のせいか。原因はなんであれ、ステイルは学園都市の街を歩くたびに突き刺さる学生たちの視線になかなか慣れずにいた。外に出ることの少ない学園都市の子供たちにとってステイルは確かに異質の存在であり、日常からは大きくかけ離れているかもしれない。だがステイルは好奇の目に晒されるのはもううんざりだ、と更に眉間を不機嫌な色に染める。文句があるなら堂々と言ってほしい。日本語は習得したものの、この街に染み渡るルールにはさっぱりなのだから、言ってもらわなきゃ分からない。
今日もまたツンツン頭の男を追いかけて消えてしまった神裂を探すために街中を歩けば、まるで異なる存在を排除したがっているような視線にステイルは、元から短気な性格も相まってか、苛立ちを隠そうともせず大きく舌打ちし、懐から煙草を取り出そうとした。しかし、煙草の箱を右手がつかむ前に、ステイルのすぐ真横でどすん、と何かがコンクリートに落ちたような鈍い音がした。敵だろうか、とステイルは警戒心を強め、そっと横に視線だけを移動させると、そこにいたのは敵でも、ましてや他人でもない――銀髪のシスター服の少女、インデックスが地面にうつぶせでぶっ倒れていた。インデックスは、ステイルが死んでも守りたいとさえ思わせた少女で、今はこの街の神裂が追いかけ回しているであろう男と一緒に暮らしているはずだ。なのになぜこんな場所で、倒れたのか。突然の出来事でステイルは頭が混乱しかけたが、小さくかすれた声で何かを呟いているのが聞こえ、まさか彼女が魔術師に追われているのではとステイルは慌てて大きな身体でしゃがみこみ、彼女の口元に耳を近づける。

「お腹、へった、んだよ…」
「…ああ」

変わらないな、君は。インデックスの震えた声と、大きく悲鳴をあげるお腹の虫にステイルは呆れたようなため息をつき、頭を掻く。先程までの苛立ちは、すっかり消えて、その眉間に皺は一切なかった。
ステイルはインデックスをファミリーレストランまで運び、財布に限界がくるまで、適当に注文した。インデックスは青ざめた顔の店員が運んだ食事に、唾液を口の端から流し、いただきますっと行った途端に驚異的なスピードで空っぽの胃袋に詰めていった。ひと昔の彼女も同じだった。良く財布を空にさせられていたと、ステイルは彼女の幸せそうな食いっぷりを見つめながら微笑する。インデックスはそのステイルの小さな笑みを見逃さず、大きな笑顔を浮かべてありがとうと言った。

「…君は、僕が怖くはないのかい。覚えているだろ。僕は君を殺そうと」

ステイルは、ぎゅっと眉を顰めた。正確には殺そうとしたわけではない。しかし結果的に、インデックスを痛めつけた悪者であり、守りきれなかった臆病者であった。ステイルは今でも上条当麻の言葉を思い出して、己を情けない人間だと戒める。寝る時も、食事の時も、空を見上げる時も、あの選択は間違っていた、と酷く泣きたくなる後悔に陥る。
インデックスは、食事を止め、じぃっと大きく澄んだ瞳でステイルを見つめた。

「…ねえ、すている。もしかしたら、私はすているのことを知ってた?私たち、知り合いだった?」
「…いや、赤の他人だよ」
「そうかなあ。でもね、私は、すているのことを知ってた気がするんだよ」
「え」
「すているは私を救おうとしてくれたんだよね。初対面の、しかもこんなおかしな女の子を追いかけてまで、何とかして救おうとしてくれたんだよね。とうまは何も言ってくれないけど、私、すているは悪い人なんかじゃないって知ってるよ。だって、本当に悪い人は、私にご飯なんてくれないもん。だから大丈夫、神さまも私も、とっくにすているのこと許しているんだよ!」

インデックスの長い言葉に、ステイルは思わず泣き出しそうになった。泣いて、この胸につっかかる全てを吐き出してしまいたくなった。だが、ぐっとこらえ、代わりにくつくつと低い笑みが零れた。インデックスは園都市という冷たい街の、優しい場所で、笑っている。それだけでステイルはもう十分だった。

「おかしくなんかない」
「え?」
「君はおかしくなんかない。普通の女の子だ。君は変な子じゃない。うん。誰よりも可愛いよ、君は」
「…えへへ、ありがとう。私も、すているが大好きだよ」

インデックスはニコニコと嬉しそうに微笑みながら、一緒に食べようとお皿に上品にのるショートケーキを差し出した。


/星のかみさま