番外個体は季節はずれにも関わらずパピコの袋を開け、ベンチに腰を降ろすツンツン頭の男にその半分を渡す。男は息を吐けば白くなるような気温と辺り一面の雪景色の公園には不釣り合いなアイスに一瞬顔をしかめたものの、ありがとうと言って、手渡されたそれを口にくわえる。番外個体も甘ったるいカフェオレを味わい、あまりの冷たさ身体をぶるりと震わせた。
そもそもこのアイスは、憎きもやしに嫌がらせをするために購入してきたのであって、自分自身が食べたかったわけでもなく、ましてや隣にいる英雄のために買ってきたわけではない。どうしてこうなったのか、と番外個体は思考を巡らせた。しかしどう考えても、原因は鼻の頭を真っ赤にした隣の男でしかなく、ぎろりと強く睥睨すれば、ツンツン頭の男は申し訳なさそうにごめんと呟いた。
番外個体に上条当麻のような人間は天敵だ。彼はあまりにも真っ直ぐで、優しすぎる。ひねくれた、憎しみばかりを募らせてしまう少女には、彼と話すだけで自身の汚い思考がぐらぐら揺れ動き、番外個体が生み出された存在意義を簡単に崩壊させてしまう。番外個体はそれが怖かった。あの第一位すら変えた彼が酷い悪魔のように見えてしまう程。だから番外個体はなるべく彼を避けていたつもりだった。だが、コンビニを出た途端、声をかけてきたと思ったら、地面に張り付いた氷に足を滑らせて、こちらに突っ込んできたというどこのギャルゲーだとつっこみたくなるようなことをやられてしまっては無視できずに、大爆笑してしまった。結局は番外個体は上条のラッキースケベからは逃げ切れなかったわけだ。
上条はなかなか溶けないアイスをくわえるのをやめて、両手で包むようにして温める。番外個体はその一生懸命な姿に、打ち止めがプラスチックの部分に噛みついて溶かそうとするのをお得意のチョップで叱りつける親御さんを思いだし、思わずふっと頬が緩んだ。上条は、番外個体の張り詰めていた雰囲気が柔らんだのを感じたのか、番外個体をちらちらと見ながら、白い息を吐き出した。

「なあ、」
「やめて」
「…何も言ってませんが」
「ったく、あなたが言おうとしてることくらい分かるよ、聞き飽きた。どうせミサカはまだあの人が憎いのか、でしょ。答えはイェスだよ、ヒーローさん。ミサカはね、他の個体たちのあの人への憎しみだけで生きてるの。あの人がどんなにこのミサカを守って、救ってくれたとしても、あの人がたくさんの妹達を殺害した事実が変わらないんだから、ミサカも簡単に変えられないよ」
「…でも今、あいつの側にいるってことは、実際はそんなに嫌ってないんだろ」
「違う。利用してるだけだよ。ミサカだって学園都市の言いなりになんかなりたくないし、あの人の言いなりにもならない」

上条はぎゅっと眉根を寄せる。番外個体はその上条の表情を見て、急に頭がずしりと重くなった。流れこむ感情。約一万人の少女たちの彼への想い。恋慕、憧憬、嫉妬。たくさんの言葉が、ぐるぐると蠢き、番外個体はううっと頭を抱えながら唸った。だから嫌なのだ。番外個体は上条にそんな想い抱いていない。だが自身の感情に逆らって、頭の中はぐちゃぐちゃだ。上条は突然具合が悪そう番外個体に心配そうに大丈夫かと声をかけた。番外個体はアイスをぽとりと地面に落とし、勢いよくベンチから立ち上がった。

「ああああああああーっ、もうっ!その不満そうな顔やめてよ!ほんと頼むからさあ!」
「え、あ、ご、ごめんなさい…」
「嫌い嫌い嫌い嫌い!すっげぇ嫌い!このウニ野郎!いい加減にしないと、まる焦げにするから!!」
「そこまで言わなくても…」

番外個体は重力に従って、そのままどすんとベンチに腰をかける。

「…お願いだから、これ以上ミサカの存在意義奪わないでよ」

ぼそりとした小さく弱々しい呟きが、どことなく御坂美琴に似ていて、上条は思わずくつくつと低く肩を揺らした。顔は似ていても性格はまるで違うと感じていたが、やはり遺伝子は争えないのだろう。どことなく彷彿させられる第三位の面影に、上条は少し安堵感を覚えた。ふてくされたまま番外個体は上条がなぜか笑い出したことに不信感を抱き、ぎゅっと睨みつけ、唇を尖らせた。

「なに笑ってんのさ、ムカつく」
「え?ああ、ごめんごめん」

強いくせに、どこか弱くて、脆い。泣き虫で、でも綺麗な瞳をしている。上条は、頬を緩め、空を仰いだ。

「…言いなりになんかなりたくないんだろ。なら、あいつと少しずつ見つければいい。あいつは絶対オマエを裏切らないし、傷つけない。それだけは心配しなくてもいいはずだ。それでもあいつが嫌いってなら、喧嘩すればいい。怒って、泣いて、いつか本当の意味であいつと笑える日が来るまで、あいつと居ればいい。いつか変われるよ。あいつが変わったように、オマエも変われる。なんだ、簡単じゃねぇか」
「…意味わかんないんだけど」
「大丈夫。絶対見つかるさ」

勝手に自己完結してしまったのか上条はすっきりとした笑顔で、空になったアイスを無造作に置いてあるゴミ箱に放り投げた。ゴミは、放物線を描いて、綺麗に穴へと落ちた。それはぽっかりとした空洞に何かが当てはまる音と重なり合った。


/歩み寄る惑星はただ青い