「この手を放したら、オマエはまたひとりで傷つきに行くンだろ」 一方通行は俺の首元に触れながら、声を震わせた。自身を殺めようとする腕は、最強の能力など欠片も感じられないほど細く、弱々しいものだった。しかし身体の構造を十分すぎるほど熟知している彼は、どこが人間の弱点で、どのように力を入れれば息を止められるかということくらい知っているはずだ。だから、俺は殺される。彼は優しいから、俺に痛みも苦しみも感じさせないよう配慮して、この心臓の音も、広がる景色も無にしてくれるだろう。 それでも、まだ死ねない。死ぬ前にしなきゃいけないことがあるんだ、守ってあげたい人が大勢いるんだ。苦笑を零しながら掠れた声でそう呟くと、一方通行はますます不機嫌そうに眉を顰めた。 「…オマエは、俺が、どれだけオマエのことを想ってるかなンて、知らねェだろ、クソ鈍感野郎」 一方通行の言葉が何を意味しているのか一瞬分らなかった。声を震わす理由も、こうして俺に触れながらも能力を使わない理由も、馬鹿な俺には理解できなかった。 ただ分かったのは、一方通行が泣いているということ。ロシアの時のように、俺の目の前で、ただただ自身の中のどうしようもない感情を爆発させているだけでなく、小さな子供のようにボロボロと大粒の涙を落として、言葉を詰まらせているということだ。 「…ごめんな、やっぱり俺はまだ死ねないよ。最後が、オマエの泣き顔なんて最っ高に不幸だからな」 俺は一方通行の涙でベトベトの頬に左手で触れた。一方通行は驚きからか、涙のせいで真っ赤に腫れた瞳を数回瞬きさせた。 「オマエ、」 「知ってるよ、オマエがどれだけ俺を大切にしていてくれるかなんて。だから、今のオマエにこの右腕は必要ない。その証拠に、ほら、左だけでも、こうやってオマエに手が届く」 まだ死ぬわけにはいかない。 死ぬ前に、この胸に蟠る感情の全てを吐き出して、一方通行にひとつだけ確かなことを伝えなければいけない。それが目の前の彼が誰であろうと、何をしてどれだけの罪を抱えていようともだ。 「オマエは俺がどれだけオマエを好きか、知らないだろ」 上条の左の手が一方通行の瞳の涙を拭い、真っ白に染まった頭をわしゃわしゃと少し乱暴になでる。一方通行のきょとんとした表情がなんだか可愛くて、思わずくすりと笑みがこぼれる。 「死ぬ前に、馬鹿な男の話を聞いてくれ」 /目映いきみの胸に咲く花 ×
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