低血圧の寝坊助ルームメイトを無理やりにでも引きずって学校に連れて行く。小学生レベルの朝の日課に美琴は特別ストレスは感じていなかった。むしろ誰かを世話することは案外嫌いではないらしく、将来は保育士とか教師なんかが向いているのではないかとでさえ考えるようになったのだから、こちらが感謝したいくらいだ。しかし、いつもは嫌々ながらも素直に出てきてくれるのだが今日は違った。布団の中にうずくまったまま出ようとしない。視界の端で時計の針がかちっと明瞭な音をたてて、八時を示した。ここは寮ですぐ隣は学校なのだから急げばまだ間に合う時間だろう。美琴は再び百合子、と同居人の名前を呼んだが、返事はなく、もしかしたら死んでるんじゃないかと百合子の不健康そうな真っ白な顔を思い出しながら、有り得ないことではないと急に不安になって山のように膨らんでいる布団をばっと勢いよく剥ぎ取った。するとその中心で朝日に眩しそうに赤い目を細め、体をぎゅっと縮こませた青い顔色の少女がいた。美琴は死んでないと分かったものの、明らかに具合の悪そうな少女の様子に眉を顰め、ベッドに膝をのせた。そのまま美琴はぎしぎしとスプリングを叫ばせながら縮こまる百合子に近づき、百合子の白い前髪をかきわけ汗でべっとりとしたおでこに手のひらを優しく押し当てた。すると冷え性のはずの体から少し高めの体温が伝わった。いよいよ美琴は息を詰まらせ、慌てて少女の名前を呼びかけた。何度か百合子、百合子と呼ぶとようやく百合子は美琴の姿を視界にうつし、どこか虚ろなまま大丈夫と小さく零した。美琴はその反応に多少の落ち着きを取り戻し、ふっと息を吐き、百合子の頭を撫でた。

「どうしたの?」
「…腹」
「え」
「腹が、痛い」
「やだ…盲腸かしら」
「いや下腹部が、なンか、すげェ痛くて、頭も」

美琴は百合子の途切れ途切れの言葉、しかしどこか経験したことのあるような訴えにはっと息を呑んだ。まさかこの少女は十七歳にもなって初めてだなんて可愛らしく悩ましいこと言うのだろうか。美琴は未だに顔を真っ青にしてうずくまる百合子を怪訝そうな顔つきで見つめたが、そういえば、と美琴はずっと前に彼女の能力について聞いたときに知ったことを思い出した。反射による、ホルモンバランスの乱れ。彼女は己の能力の弊害で、どっちつかずの体系になってしまい、辛うじて性別が女だったからここにいる、という正直信じがたいことを話していた。もしそれが事実だったとしたら。生理が遅いながらもこうしてちゃんとやって来たということは、百合子は女の子で、これからも女の子で、彼女は十七にしてようやく確証を得たのかもしれない。美琴はまるで娘の成長を喜ぶ母親のような安堵感に包まれ、口元を柔らかく緩ませた。

「…痛いの…やだ」
「うん、それはね、我慢するしかないの。あ、ナプキンは貸すわよ。今日は私が買ってくるけどこれからは自分で用意しなさいね」
「…う…」
「多分シーツと下着とか汚れてるはずね。シャワー浴びてきたら?少し温めると楽になるわよ」
「すまねェ」

いつもは傲慢で人嫌いの一匹狼を装う百合子の弱々しい姿に、美琴は思わず吹き出しそうになった。しかし生理の痛みも辛さも十分に理解できる同じ冷え性という病の女として放っておけるわけがない。今日は学校はサボろう、そしてからかいがてらにお赤飯でもたけば百合子は嫌なのか嬉しいのかどっちつかずの微妙な顔で、ありがとうと言うのだろう。美琴はくつくつと込み上げてくる笑いをぐっとこらえた。

「とりあえず女の子で良かったわね」

オメデトウ。百合子は頬を羞恥に染め、忌々しく舌打ちをひとつ落とした。


/セブンティーンガールズ