悪意に満ちていたものが波打ちながらさっと白へと変わっていくのはミサカにとって恐ろしく不気味だった。まるで自分が自分じゃなくなってしまうような感覚が身体から脳みそへと伝達されて、やがて細胞が腐っていくような気持ち悪さが存在を蝕んでいく。元来なら、この地球上のどこにもいない存在なのだから爽快に消えてしまうのも構わないと何度か考えたけど、そうしたら後を追ってくるような馬鹿を一人知っている。そいつが苦しもうが知ったこっちゃないし、むしろ愉快で気分も良くなるのに、どうしてあの男が死んでしまうと考えただけで吐き気がするのか。ミサカの頭をぐるぐる駆け巡り、結局劣等生のミサカには模範解答なんて導き出せないから、頭を痛めるだけ痛めて、唾棄することもできない。どうして、なんで、なんてこの綺麗さっぱりな青空に無意味な問いかけをしても、肺に水が溜まってはあふれかえっていく。

「ぜんぶ、消えちゃえばいいのに」
ぽつりと呟いた願望は、大嫌いな一方通行の眉を不機嫌そうにぎゅっと潜めた。
「あーあ、ミサカもとうとう落ちぶれたのかな。どうせならあなたのぶっさいくな面を見ながら笑って死にたい」
「そのふざけた口、切り裂いてやろォか?」
「ぎゃは、出来ないくせに強がっちゃって、かっわいいー」
「ほンと、オマエとはまともに会話のひとつも成立しねェな」
「当たり前じゃん。誰があなたみたいな危険物と愉快に会話なんてするってのよ。あ、そういやお人好し馬鹿ばっかりだね、第一位の周りは」

頭のネジが全部緩んでるとしか思えないくらいにバカだと思う。だってどうして危険物だと分かっていてもなお、身体ごと正面衝突しようとするなんて、バカとかアホとかそんな小学生レベルの問題ではない。そうしてボロボロになっても大丈夫といって笑う、甘ったるい砂糖菓子のような人間ばかりが、この悪魔の周囲にはたむろっている。ミサカにはそれがどうしても許せなかった。あいつの隣にいてもいいのはミサカのような血生臭いような生き物なのに。

「わかんないよ。どうしてあなたはあなたが地獄に行ってもわらなきゃ幸せになれないのにさ」
「…ぐだぐだうっせェンだよ。いいンだろ、どうせお前は地獄だろォがなンだろォが、俺を貶めにくるンだろ。俺にお前を止める義理も人情もないからな」
「あ、それいいね。ミサカはそっちのが好き。あなたが熱湯に入れられて悶える姿をちょー見たい。腹の底から笑ってやるよ」
「…相変わらずの悪趣味ありがとよ。つゥか、なに笑ってンだよ」
「べっつにー。第一位にはそうゆう地獄がほんとに似合うなぁって。ヒーローさんには程遠いよ」

ああ、でもあなたはヒーローって存在を信じてるんだっけ。ばっかじゃないの、と吐き出した。そうでもしないと目蓋の裏が熱くて、なにか流れてしまいそうで怖かった。第一位が地獄の底におちてしまうことが、恐ろしくて、嬉しくて、それが一番の幸せだなんて、どこのマゾヒストなんだろう。いっそのこと、一緒に死にたい。そして地獄でもいいから、隣にいたい。ずっと、ずっと。


/鴉と花環

一周年企画