「いっ…」

ぷくり、と赤黒い液体が指先から溢れ出した。血は白い皮膚を伝って、机に丸い形を作る。ぽつり、ぽつり、まるで小雨のように垂れて、円形は楕円へと形を歪にしていく。一方通行は他人事のように自身の体内から出てきた赤い染みをじっと見つめ、はぁと深くため息を吐いた。すると隣で料理に勤しんでいた五和がため息に気づき、一方通行の方に顔を向けるとサァッと顔を青くさせた。

「あ、一方通行さん、血が!!」
「喚くな。ちょっと切っただけだ、問題ねェ」
「ちょっと、なわけないじゃないですか! ほ、保健室! 木原先生…っ!!」
「…保健室はダメだ、絶対に。頭を床にぶつけよォが、屋上から飛び降りよォが、悪化するとしか思えねェンだよ」
「で、でも、」
「舐めときゃなおる」

そう言って一方通行は血が流れる指を躊躇せずに自身の口に含んだ。開いた唇からチラリと見える熟れた果実のような舌が白い指を舐める。どこか艶めかしい姿に五和は頬を赤らめ、一方通行に向けていた目線を逸らした。

「だ、だから包丁を持たないほうは猫の手って言ったじゃないですか」
「知らねェよ、ンなこと。つか、調理実習とかふざけてンのか。何でこの俺が愉快に家庭的な男を目指さなきゃならねェンだよ」
「今は男性が料理する方も多いんですよ。この前授業でやってたじゃないですか」
「家庭科の授業を俺が真面目に受けると思ってンのか?」
「…似合わないですね」
「だろォ?」
「あ、でもエプロン姿はなかなか似合ってると…」

じっ、と一方通行のワイシャツの上にかけられた黒いエプロンを見つめる。いつもは誰もが恐れる不良のような彼もたった一つのアイテムだけで、十分に雰囲気が和らぐ。五和も普段は絶対見れない家庭的な姿に、同じクラスになれたことを心の中で快哉を叫ぶ。
一方通行は不機嫌な赤い目で自身の黒い布を睨みつける。そして、五和を視界に入れて吐き捨てるように、

「お前のほォが似合ってンだろ」
「え」

思いがけない褒め言葉に五和の赤い頬がさらに茹で蛸のようになり、頬から蒸気があがる。

「ななな、そ、そんなことない、です、よ」
「謙遜すンじゃねェよ」
「け、謙遜なんて、」
「…ったく、俺の家のババァどもにも見習わせてェくらいだよ」

そう言って、一方通行は再び包丁を握る。今度は左手をしっかり猫の形にして、慎重にゆっくり。しかし五和の切った野菜のように綺麗にならず、サイズはバラバラでデコボコになってしまい小さな舌打ちが零れる。一方通行は思い通りにいかないものは苦手なくせして負けず嫌いな性格のせいか、それでも決して止めようとせずに更に新しい野菜をカットし始める。五和は横目で野菜に一生懸命な一方通行に可愛らしさを感じながら質問を投げかける。

「お家の方々は、料理が苦手なんですか?」
「苦手っつゥか、炊飯器が…」
「炊飯器?」
「いや、つまりまともな料理ができねェ女しかいねェンだよ」
「それなら一方通行さんが作ってあげればいいじゃないですか。私、教えてあげますよ」
「…それはお前もめンどくせェだろ」
「いえ、全然!それに」

それに。五和の鼓動が今まで生きていた中で一番大きく高鳴る。これはチャンスだ、と五和は想いがたくさん詰まった引き出しを開く。どれもこれも真っ直ぐな気持ちで揃えられた想いたちは、伝わってくれるだろうか。いや、きっと伝わらない。五和は一種の諦めを感じながらも、唇は胸に溢れた言葉を紡ぐ。

「わ、私がずっと味噌汁くらいなら作ってもいいです…よ?」

五和の精一杯に届けた気持ちは、一方通行の包丁を動かす手をぴたりと止めた。


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