5 | ナノ
式が始まるまでの間、保護者が退屈しないように昨年のヒット曲のメドレーやテレビドラマの主題歌を演奏する。それらの曲は高校の文化祭や地域のイベントで吹いていたこともありさほど練習をしなくても演奏できる曲ばかりだった。
続々と保護者たちが集まってきた。空席も目立たなくなってきた頃、式典が始まる前独特の緊張感のある空気に飲み込まれそうだ。
演奏の途中であったが指揮者の合図で演奏が止まる。司会を務める教師がマイクの前に立っていた。長い挨拶の後「入学生入場」という声が体育館全体に響く。
指揮者が指揮棒を振り上げた。
演奏している今日は20年位前のコンクールの課題曲。行進曲に分類される曲でこういった式典などの入場行進にはうってつけの曲だ。特に古臭い感じの曲でもなく、中盤で金管楽器とメロディーを演奏する部分がある。とても目立つ部分でありミスをしないように丁寧に、けれども指揮者のテンポに遅れずに演奏する。中盤の演奏さえ終われば後は新入生が座席に着くまでラスト何節かを繰り返し演奏するだけだ。
曲の最終部分を三回ほど繰り返したときだろうか茶色がかった髪色の生徒目の前を通り過ぎるところだった。
演奏しながらもいつの間にかその生徒を目で追っていた。その理由は単純だ。彼の姿は中学時代の部活の後輩にそっくりだったからだ。
いや、でも彼がこの高校に来る可能性なんてない。だって彼は吹奏楽に熱心だったから、妹が通っている高校に進学するに違いないと。
きっと他人の空似だろうと指揮に集中しようと思った矢先、彼が演奏をしている吹奏楽部を見た。ほんの数秒の出来事だっただろう。
こちらを見た生徒は間違いなくかつて僕の後輩であった。最後に会ったのは僕が卒業する日だった。そのときと比べるとどこか大人びたような雰囲気になっていた。
ほんの数秒であった、けれども僕にとっては長い時間が経った気がした。
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