小説 | ナノ


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結局あれから数日経ったものの、未だに外出許可の下りない日々を送っている星灯香です。今日は昨日まで作った傷薬や鎮痛薬の山を胡蝶様の診察室に運んで仕舞い、その後蝶屋敷にいらしたご客人にお茶とお菓子を持っていくと、今日の仕事が終わった私は、はあ……と溜め息を漏らした。
と、いうのも、正直もう薬草採集に行けない日々というのにも耐えかねていて、何とか胡蝶様に許可を頂こうと思ったのだけれど、それが勿論通るわけもなく、連絡用に烏以外……出来れば猛禽類の鳥が欲しいと言うと、このあたりに生息しているわけがないと言われてしまうし、連絡手段に一番上等なのはやはり鳥だからとその辺の雀を懐かせようとしたものの、そもそも雀にやる気がなく失敗。このままでは一生缶詰めになってしまう。ただの研究職がやりたいのではなく、欲を言えば私は冒険の末に魔法薬づくりに必要な素材を集めることが一番の生きがいなのに。これでは蝶屋敷のMs.ポンフリーとして人生が終わってしまう。もっと色んなことが出来るようになりたいのに。何とか梟を手に入れられたりはしないものか。

「……と、いうのが最近の悩みでして」
「……成程」
「そこで任務でお疲れの冨岡様にお願いするのもおこがましいとは思うのですが、どこか森に行かれた際、猛禽類を一羽捕まえてきてはいただけませんか?」

この人が頼みの綱だと、最早そう言わざるを得ない状況で、私は客人としていらっしゃった冨岡様に半ば縋るように迷惑極まりないお願いをしていた。当の冨岡様は表情こそ伺えないが、真顔で目を見開き此方を見ている。どういう感情だろうか。驚愕……というのが一番しっくりくるかもしれない。彼は一口お茶を啜ると、暫く黙した。

「出来る限りのことはする。だが……どうして外に出たいんだ」
「?」
「鬼に食われたいわけではないだろう」
「……」

どうやら彼の言葉は、蝶屋敷は安全なのだから、そこで囲われてしまえばいいのだと言っているように聞こえる。いや、本質はそうではないのかもしれないけれど……。
この人は優しい心の割に口数の少なすぎるせいで誤解を招きやすい。初対面の時はさすがに脈絡のないことばかり言われるものだから、思わず開心術を使用してしまった。それについては本人のあずかり知らぬところだけれど、ちょっと申し訳なかったなあと思っていたりする。実際は本当に真直ぐな、しかし天然なところのある人だと認識している。先日胡蝶様に冨岡様は優しいお方ですよねと世間話程度に言ったら物凄い勢いで顔を歪めさせる結果になった。美人が台無しですと言ったら灯香さんの所為ですよと言われた。どうやら二人の仲はそれほど良くはないのかもしれない。触れないでおこう。

「それはそうですが、戦線には出ずとも"この隠がいれば大丈夫だ"と隊士の皆さんに戦いに集中していただけるような人間になりたいので」
「……そうか」
「はい、それには自分の目で薬に使う材料を探さなくてはなりませんし、このお屋敷の中で放てば建物が崩壊するような呪文も、今後のために威力を試さなければならない……。それなら外出は不可欠です」
「……門限を守ればよかったんじゃないのか」
「返す言葉もございません」

あまりの正論パンチに苦虫を噛み潰した様な顔になってしまう。
そんな私を冨岡様はまたもや意外そうに見つめた。

「どうかなさいましたか?」
「……今日は表情が豊かだな」
「え……?ああ、そうかもしれませんね。ここにきて私は、以前の自分を取り戻しつつあると思います。と、同時に魔法への研究欲も出てくるのが問題ですけれど」
「……そうか」

前世の事を最近は色濃く思い出しつつある。以前の鬼殺隊に入る前の私は、過去の栄光や思い出におぼれないようにと無意識に前世について考えないようにしていた気がする。
けれど最近はそれもなく、以前の魔法薬研究者兼教師としての自分が蘇っている。
あの頃は本当に楽しかった。書き綴った魔法薬についての研究のメモ書きがフローリシュ・アンド・ブロッツ書店のベストセラーを飾っていたらしいのだと知ったのは記者に取材を押しかけられてからだったし、それを見た他の教師はいつの間に本なんか出したんだと驚愕していた。あの時は私もただ作家にメモをあげただけだったので、まさかあんな大ごとになるとは夢にも思っていなかった。それほどまでに魔法具や魔法薬の研究が大好きで、それが私のすべてだった。それをいまさら、情熱が冷めるわけがない。
けれど、この目の前の青年は、私と同じような激情や熱意を心の中で飼っていたりするのだろうか。想像がしづらい。

「失礼かもしれませんが……冨岡様は、あまりご自分の考えを表に出されないのですか?」
「?」

やはり、きょとんと首を傾げられてしまう。
意図をかみ砕いて、私は笑む。

「例えば、今度来るときに何がお茶請けだと嬉しいとか、そう言った些細な事でいいんですけれど……少しでもご要望を言っていただけると私共としても嬉しいのです」
「……」
「……」

暫くの沈黙の間に、冨岡様は今日のお茶請けを眺めて、その中から煎餅を一つ手に取った。

「……今日のこの煎餅はうまかったと思う」
「ふふ、左様でございますか。では次にいらっしゃる時にも用意をしておきますね」
「ああ、頼む」

それから少し他愛もない話をして、冨岡様は帰り際にいきなり、何色がいいんだと訊いてきた。何の事かと一瞬考えるも、今度は開心術を要することなくあれの事だと思い至った私はにこりと笑って茶色がいいですと答え手を振った。





「星殿はいるか。届け物があってきた」
「冨岡様」

数日後、冨岡様は足の部分を縛って茶色い梟を捕獲してきてくれた。捕らわれた梟が少し可哀想になる絵面だったけれど、浮足の立った私が心からのお礼を言うと、彼は珍しくふっと笑って、あの煎餅が食べたいと言った。

「勿論です。只今お出ししますね」

私はやっと彼と意思疎通ができた気がした。喜々として梟を自室で飼い始めることを胡蝶様に報告しに胡蝶様の元を尋ねると、渋い顔をした彼女に、開口一番冨岡さんだけは許しませんと謎の発言をされた。

「ええと、今後冨岡様を飼う予定はありませんが……」

と至極真面目な顔でいうと、どうやら梟を持っている私の手を見て合点の言ったらしい胡蝶様は押し殺すようにぷるぷると笑いを堪えていた。後藤さんにその話をすると、お前どうやってあの圧倒的な威厳のある柱の方々と仲良くなれてんだよ。逆に無神経かよ。と要らない暴言を受けた。解せない。

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