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ちゅんちゅんと、雀が元気に鳴いている晴れた朝の事。魔法で洗濯を干していると、くあ、と欠伸が出てしまう。ああ、眠たい……。普段はよく寝ているのだけれど、昨夜は胡蝶様にこってり絞られたのと、布団に入ってからも今日の事で悩んでいたのであまりよく眠れなかったのだ。仕方がない。

「灯香さん!もっとシャキッとしてください!」

そんな私を、一緒に洗濯物を干していたアオイさんが、はきはきした声で叱責した。アオイさんは、黒い髪に青い瞳が素敵なお嬢さん。こんなかわいい女の子たちがこのお屋敷には沢山いるわけだけれど……未来ある女の子達を、いつ死んでしまうかも分からない危険な組織に属させる意味が解らない。悪鬼を滅殺するのは、勿論それが彼女たちにとって一生涯の使命である事も理解している。大儀があっての事だろうけど、身近な人には死なれてしまうと夢見が悪いものだ。それにここの人たちは皆、私に良くしてくれる。だからついつい愛着がわいてしまって、死なないで欲しさにこの間屋敷の全員に守りのまじないを施しておいた。致命的な斬撃を受けるとそれを弾くだけでなく、血のりが傷を負うはずだった箇所と口内から吹き出す仕様になっている。勿論それは皆には言っていない。自分が死にそうな目にあう前提でかけられたまじないなんて、教えられても複雑な気持ちになるだろう。
そんな保険を掛けておきたくなってしまうのも、私がここを大事に思っているからだと思い知る。それが何となく恥ずかしいような、こそばゆいような。十数年ぶりのこんな感情に、私は最近余裕を欠いていた。それをもう一度欠伸をしてごまかす。

「はい……申し訳ないです。ふあァ」
「そ れ が!だらしないと言ってるんですよ!……今日は、一体どうしたんです?」
「昨日、ちょっと考え事をして眠れなかったものですから」
「?」
「今日作ろうと思っていた連絡手段についてです。中々どうして、いい案が浮かばなくて」

連絡手段を作れと昨日後藤さんに言われて、初めは何か魔法具を作ろうかとも思ったけれど、それには受信側にも応答用を持たせる必要があると気付いてしまって、正直面倒になった。連絡先が増えるたびに渡していたのでは話にならない。前世の話ではあるけれど、ホグワーツでもそんな鬼畜な業務は無かった。遠い目をして、何を作ろう……とぼやいていると、アオイさんからは憐みの視線を頂いた。うん、そんな目で見ないでほしかった。

「いっそのこと烏を一羽付けられたら楽なんですけれどね」

はあ、と溜め息を吐く。すると、ああ、とアオイさんは納得したような声をあげた。

「灯香さん、何故か烏に天敵扱いされてますよね」
「はい、めちゃめちゃ突かれます」
「魔法使って追い払えばいいじゃないですか……」

そう、なぜか私は烏に嫌われている。
そして、その理由は分かっている。前世で梟と長いこと付き合いがあったからだと思う。
と、いうのも、昔見た本によれば、猛禽は烏の天敵らしく、集団の烏で一羽の梟を攻撃することもしばしばあるらしい。ほんとに烏怖い。そういえば竈門さんたちの烏は一羽しか見当たらなかったけれど、あれにも突かれたな。すぐさま竈門さんが止めてくれたけれど。

「いやあ、でも流石に魔法を使って追い払ったら可哀想ですよ。吹っ飛びますし、これ以上烏に嫌われたくはないです」
「うーん……じゃあいっそ、違う鳥を連絡用に使うしかないんじゃないですか?」

項垂れた私に、アオイさんがとても的確なアドバイスをもたらしてくれた。
そうだ!その手があった!

「ありがとうございます!アオイさんのおかげで今日やることが決まりました!流石です」

満面の笑みを浮かべると、彼女はうっと顔を赤く染めたじろいで、はくはくと開閉する口をキュッと結んで、突然大きな声をあげた。

「私の手を握っている暇があったら洗濯をしてください!」

あまりに顔が真っ赤だったのでくすくすと笑ってしまうと、笑わないで下さい!
と、また怒られてしまった。




「と、言うことで、連絡手段に使えそうな近隣の森の野鳥を手なずけたいのですが、外出の許可を頂いてもよろしいでしょうか」
「お前は連絡手段がない時点では外出禁止だ」
「うっ……そこを何とか」
「イヤだね、星が普段から人の心配を無下にし過ぎるのが悪い」

そんなに世間は都合よくは回っていないもので、やはり野鳥を手なずけようにも外出不可ではどうしようもできない。かといって烏を一羽連れて行こうものなら、逃げられるか、突きまわされて帰りには満身創痍になるかの二択。どちらにしてもまた心配をかけて怒られる。三度目はないだろう。昨日の胡蝶様の恐ろしさを思い出してぞわりと悪寒がした。
何で現世では梟を手なずけておかなかったかなあ……。仕方がないので今日はしぶしぶ薬の調合をするに留まることにした。
とぼとぼ調合部屋(自室化している)に向かうと、後藤さんに呼び止められる。
振り向くと、わしゃりと雑に頭を撫でられた。
ぽかんと呆けていると、後藤さんはどこか嬉しそうに言った。

「やっと素のお前が解ってきた気がするわ」
「?」

どういう意味だろうと首をかしげると、後藤さんは、だってよお、と何かを思い出しながら言葉を紡いだ。

「最初、すっげえとっつきにくいし業務のこと以外何も話しかけてこねえし、おまけに訳の分からねえ魔法とか使いだすし、驚いてる俺たちの反応見ては楽しんでやがってよ」
「……」
「でも、すぐ気づいたけどな。お前、特別扱いされるの嫌なんだろ。だから、俺達がお前の能力を褒めるようなことを口にすると、やっぱりか、みたいな諦めた顔しやがるし」
「……」
「俺だって驚かされっぱなしじゃ悔しいし、能力を称賛する奴らが増えるとお前が消えそうな顔しやがるから、とことん普通に接してやったね。ハンッ!お前なんか別に驚くほどでもねえ!珍しいだけだ!って直接言ったこともあったよな……。まさかそれで懐かれるとは思ってもみなかったわ……。お前、あんまり自分の話はしねえけど、今まで苦労して来たんだな」
「……お恥ずかしいです。あの頃の自分に思い上がるなと言いたいくらいには」
「まあ、そういう感情が出てきたんだから、成長したよな」

それが今一番嬉しいと思ってる。と笑って見せた後藤さんは、とても眩しくて、後輩想いのいい先輩だ。本当に早くお嫁をもらうべきだと思った。言ったら余計なお世話だと怒られそうだけど。

「ありがとうございます、蝶屋敷の皆さんのおかげです」

笑みを返すと、おう!と後藤さんは元気に言って、何かあったら言えよと肩をたたいてくれる。そして颯爽と彼は仕事に戻っていった。




「しまった、してやられた」

ここまで言われて本来の話を忘れたけれど、結局野鳥を探しに行くのが無理なのは変わらないし、どうしろというのか。やはり魔法で発信機と無数の受信機を作るしかないのかな。面倒なことになった。私はため息を吐いて、その日はひとまず薬の調合だけに集中していた。

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