小説 | ナノ


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「では、彼らをよろしくお願い致します」
「はい、お任せくださいませ」

ぺこり、と藤の花の家紋の家にて、家人のお婆さんに頭を下げて挨拶をする。その方も此方へ丁寧にお辞儀を返してくれて、私は今日一番の仕事をやり切ったと自信を持って後藤さんや胡蝶様に報告できると安堵に胸をなでおろした。かあかあと鳴く烏に日の暮れる山々。もうじき夜になってしまう。その前に重症らしい彼らを連れてこられて本当によかった。彼らを振り返ると、何処か不安げな表情をしているけれど、それはまあこの家が初めての休息場なのだから、多少の緊張をするものだろうなと納得し、安心させようと笑みを浮かべて見せた。

「竈門さん、我妻さん、嘴平さん、私は仕事場へ戻りますので……また機会があればお会いしましょう。武運長久をお祈りします」

では、とこの場を去ろうとすれば、グイッと隊服の袖を掴まれた。振り返ると、信じられないという顔をした我妻さんが全力で私の歩みを止めていた。竈門さんも顔をしかめている。……どうかしたのだろうか。

「え……?!灯香さん、もう夜になっちゃうよ!刀も持ってないみたいだし、鬼が出るかも知れないから危険だよオォ!!ねっ、俺達とここで休んでいった方がよくない!?」
「そうですよ、灯香さん。夜は鬼が出ます。女性一人では危険だ」

きょとん、と、その言葉の意味を理解するまで数秒要した。そして意図を飲み込むと、ああ!と私は声を上げた。成程確かに普通の女性の隠しであれば危険かもしれない。ましてや私は日輪刀なんて触れたこともないもの。鬼に遭遇したら確実に死んでしまう。けれど、これでも私は魔女の端くれなのだし、夜にしか咲かない花や月光に照らされ輝く鉱物
を採集するのに夜を味方に出来なければ話にならない。だからこれを作ったのだ。

「大丈夫ですよ。瞬く間に帰れる方法がありますから」

ごそごそと、隊服に縫い付けた左太腿辺りの小さなポケットから、お目当てのものを取り出そうとするけれど、出てくるものは部屋に置こうと思って前の家から持ってきていた西洋棚やらコートかけ、フライパン、ティーカップ、梟の壁掛け時計、羽ペン、カラフルなキャンディー、箒、耳当てなどなど……。

「おかしいですねえ、確かにこの中に入れたのですけれど……」

えいっと一気に腕を肘のあたりまでポケットに突っ込んだ。すると、何やら周りが騒がしいような気がして連れてきた三人を見上げる。竈門さんは目を見開いていて、我妻さんは白目をむき、嘴平さんは鼻息荒く雄叫びを上げていた。ああそっか、これも魔法だった。マグルにすれば珍しいのだとすっかり忘れていたけれど。

「え!?何これ何これ……ど、どうなってんのおオオ?!!」
「落ち着け善逸!でも一体何が……」
「何じゃこりゃあ!!おい、つやつやのドングリはねえのか?!」

彼らの声に圧倒されつつ、手探りでお目当てのものを引き当てた私は、あったと声をあげた。取り出したものを見せると、素顔の見えている二人は首をかしげ、嘴平さんだけはドングリじゃねえ、と若干落胆気味でいたので申し訳なくなる。すみません、今度からドングリを入れておきます。

「私の隊服は特殊な仕組みになっていて、この空間にどんなものでも仕舞えるんです。その中から、これを探していました」
「へえ!そうなんですね!灯香さんは凄いなあ!」
「いやいや炭治郎、何今の説明で納得しちゃってんのオ?!無理なんですけど!」
「俺の服もそうすりゃドングリ入れ放題か!?」

いえいえ、私は鬼殺隊の隠である前に一人の魔女ですから。と言いたいのを飲み込んで、今度ドングリコレクターらしい嘴平さんにも縫ってあげる約束をし、何故かそれに大変喜んだ彼の子分にしてもらった。

「お前、面白エな!子分にしてやる!俺の事は親分と呼べ」
「ハア?!何お前まで灯香ちゃんと仲良くなっちゃってんの??!野生児の分際で!」
「こら善逸、仲良くなるのはいいことじゃないか!なんでそんなに僻むんだ!」
「あの、話を続けても?」

スッと私が手を挙げると、彼らはようやく静かになってくれて、それでですね、と私は話を戻す。
手に持ったホグワーツの校章をイメージしたブローチを物珍しく見つめる彼らに、ふふ、と笑みがこぼれた。喧嘩をしたり珍しがったり、年相応で元気だなあ。

「これは、移動先を指定しておくと、何処に居ようと一瞬でその場所に連れて行ってくれる道具なんですよ。私はこれで仕事場へ帰れるので、帰り道の心配は要りません。それから此方は改善を加えて作ったものなのですけれど……皆さんに一つお渡ししておきますね」

今度は以前冨岡さんにも渡したことのある笛を見せて渡した。渡された彼らはきょとんと、私と笛を見比べている。大丈夫、三ヶ月前は冨岡さんにダイブをかました私だけれど、今度は一メートルの距離を保って対象の付近に移動できるようにしたから安心してください。ふふっと得意げに胸を張る私に、竈門さんはあの、とおずおず声を掛けた。

「これは一体……」
「それは、本当に困ったときに吹いてくださいね。きっと皆さんの役に立ちますから」

ではそろそろ失礼、と言って、私は蝶屋敷へ帰った。彼らは最後目を見張って消える私を見ていたけれど、もう仕組みはさっき説明しているから大丈夫、と少しの慢心をして見慣れた美しい屋敷に帰還を果たした。移動先は蝶屋敷の門の壁の、若干色の違う箇所(勿論意図的に色を変えた)にしている。中へ入ると後藤さんと目が合って、挨拶をするけれど顔をしかめられてしまった。どうして?と思っていると彼は私の名を呼びながら此方に歩みを進める。どこか呆れているような、怒っているような声音に、ぎくりとたじろいた。

「……ただいま戻りました」
「おい星、今までどこ行ってたんだ!こんなに遅くなるほど草採りに熱中しやがって!鬼に食われてえのか!」

どうやら後藤さんは私を相当心配してくれていたらしい。ぷんすかと拳を突き上げて怒る後藤さんは、本当に親身な人だ。以前も夕暮れから夜になりかけるころに帰ったら大目玉を食らったのに、私も私で懲りないものだと思う。けれど、本当にここにいると調子がおかしくなりそうだ。今まではまるで他人事のように自分と他人を隔てて生きてきたけれど、ここには私の帰りを心配してくれ、身を案じてくれる人たちがいる。以前は本当にそれが疑問だった。私がいなくなったら不便だからという理由でなく、どうして善意で心配をしてくださるのですかと訊いてしまったことがある。その時が一番後藤さんを怒らせた。ふざけんな!自分が便利だなんて思い上がってんじゃねえ!どんなに優れていようとも死ぬときは死ぬんだ!お前だって俺達と同じ人間で、ましてや俺の直属の後輩だろうが!心配くらいするわ!と。それを受けて私は現世で初めて人に損得なしで接された気がして年甲斐もなくお礼と謝罪を言いながら号泣した。
それ以来、後藤さんは一生この人に着いていこうと思える信頼できる先輩なのだ。
今回も心配をかけてしまって申し訳ないなあ、と、眉を下げ口を開く。

「遅くなりまして申し訳ありません。実は帰り際に、怪我人の隊士の手当てと、藤の花の家紋の家への案内をしてきたもので……」
「……」
「……」
「……ハァ、星」
「はい」
「それならそれで連絡くらいしろ」
「仰る通りです……」
「あー、でもお前、烏がいないんだったな。なんか作れねえのか?連絡手段」
「やってみます」

大人しくそう言うと、よし、と後藤さんは満足気に呟く。これで終わりかと思ったころ、お前はそれが出来上がるまで薬草取りに行くんじゃねえぞと釘を刺された。薬草採集がいけないとなると、連絡手段の道具を作りながら薬を調合するしかない。明日の予定を脳内で立てていると、あ、そうだ。と最後に後藤さんが爆弾を投下した。

「俺と同じくらい胡蝶様もお前の帰りが遅いのを怒っていたからな。さっさと謝りに行って来いよ」
「……」

このあと胡蝶様にも不用心すぎる、隊員としての自覚を持てとにこやかに、しかし凄まじい怒気で説かれ、怒れる美女の恐ろしさに震えて、今度から絶対に早く帰ろうと思った。

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