小説 | ナノ


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「いきなり何のつもりか知らねえが、余程自信があるらしい」

カチャ、と、機嫌の悪い不死川が刀を颯爽と抜く。その殺意たるや、鬼であっても恐ろしく思うことだろうが、渦中の星灯香は、にこにこと表情を崩さない。気味の悪さを払拭するように、不死川は距離を詰め、刀を振りかぶった。

――ガキィ―ン!

その刀が届く直前に、何かに遮られたように不死川の刀が止まる。まるで硬い壁に刃を突き立てたような感触に、ぞわりと肌をなにかが這う。これは得体のしれないものへの気持ち悪さだ。
訳の分からないという顔の全員に、星灯香の丁寧な説明だけが響いた。

「これは、守りの呪文です。さらに、相手の武器を操作不能にしたい場合は」

エクスペリア―ムス。静かに唱えた言葉は、日本語の発音ではなく何と言ったか柱たちは分からなかったが、途端に不死川の刀が庭の隅の方まで飛んでゆく。決して離したりはしていない筈なのに……と、誰かが言った。それから、と、穏やかに彼女は続けた。

「武器を失ったところで相手を捕縛いたしましょう」

インカ―セラス、と言うと、杖から縄がしゅるりと出て来るが、チッと舌打ちをしながら不死川がそれを避けたので、砂利の上にぱさりと落ちる。しかし本人は、未だおっとりと続けた。

「ですが、こんな風に避けられてしまった場合、また襲い掛かられると私に勝ち目があるかどうかは怪しいですから、箒で逃げます」
「は?!」

いきなり持っていた箒に跨ると、星灯香は地面を蹴った。数メートル飛び上がると、そのあたりを浮遊し始める。あんぐりと口を開けるもの、ぎょっと目を見張るもの、自らの頬をつねってみるもの、反応は多々だが、不死川はわなわなと怒りに震えていた。

「鬼を目の前に逃げるってんなら、テメエが鬼殺隊員になれるわけがねえだろうがァ!」

確かに、と、その場にいた全員が心の中で頷く。そうですねえと、おっとり、また、彼女は頷いた。そうしてゆっくり空から降りてくる。

「だから、私、最初に申し上げましたでしょう?『術を施すことでなら協力が出来る』と。それは決して、戦闘員になりたいという意ではありません。あくまで、皆様に強い守りを施したり、毒や呪いを解いたり、天気を変えたり、箒で飛んで行って物資を届けたり、結局のところ私に出来るのはそういったことのみで、けれど自分の身は守れる、という、いわば便利屋なのです。今までもそうして溶け込んできた」

けれど、偶に勘違いなさる方がいる。急に、その声音に寂しさが混じった。ふ、と眉を下げる彼女に、皆が息をのむ。決して強いわけではないが、その表情には憂いが帯びている。

「私は確かに空を飛びますけれど、天女ではありませんよ。ちゃんと人間なのです。だから悪鬼を滅殺すること自体、肯定はできますが、それでも好んで戦いたいわけではないのです。それがこの組織に向かないと仰るならば、私は今までのように好きに便利屋をやるだけですから、後はそちらのご判断次第です」

彼女は、周りの柱をぐるりと見回した後、最後にこの隊の主をしっかりと見つめた。
当主……産屋敷輝哉は、娘たちの介助もあって状況を理解していたので、そうだねとするり、言葉を紡いだ。

「君は自分の事を便利屋だと言っているけれど、この鬼殺隊にはもちろん、非戦闘員も多くいるんだ。その隊員がいなければ剣士は安心して刀を振るえない。それは私の子供達皆、分かっていることだよ。そうだね?実弥」
「……御意」
「だから、灯香には、基本的に隠として動いてもらおうと思う。けれど、正直ここまで戦闘に向いていると、その才能がもったいない気もするんだ……。もしかしたら今後状況に応じて戦闘に関わるかも知れないけれど、それは、滅多にないことだと思っていて構わないよ」

そう言う御館様に、星灯香は、ああやられたと思いながら了承の言葉をを口にした。絶対に戦わない気でいたのに、ふわふわした声と、それでいて遠回しに戦闘に関わらせる気があるという言葉、これ以上条件をこちらから掲示すれば恐らく柱の面々が怒りをあらわにするのを見越しての事かと考えるとまあ恐ろしかった。食えない男だ。

「それではどうぞ、よろしくお願いいたします」

厄介な組織と関わったかもしれないと今更考えるも、まあいいか、なるようになってきたのだからと考えをやめた。しかしその予感は正しかったのだと、この先で思い知るとは露知らず。

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