小説 | ナノ


▼ 28

「と、いうわけでまず此方が、祝福の谷に住まうユニコーンに分けてもらった蹄と角の粉末です。食前に水でお飲みください。常人ですと飛べるくらいには元気になります」
「ああ」
「次に、不死鳥の涙と聖水を混成した蘇りの水です。こちらは入浴後、お身体に振りかけてご使用ください。呪いや憑き物が徐々に薄くなります」
「分かったよ」
「最後に、賢者の石から作り出した延命水です。こちらは既に数百年生きている夫妻から特別に頂戴したものです。これを毎日、ご就寝前に白湯に一滴入れてお飲みください。飲み過ぎてしまうと全く死ねない体になってしまいますのでお気をつけ下さい」
「なるほど……」

私は御館様の目の前に、三つの小瓶を並べてそれらを紹介していく。
どれもこれも、この一年間という短い時間にしては良くできた代物だ。
その中でも賢者の石から生み出されたこの水は、フラメル夫妻に土下座で頼み込んでまで手に入れたものだったから、お譲りいただけてとても感謝している。
これらを微量に摂取しただけでリドルは完治した。
きっと御館様の病にも効果があるに違いなしと私は踏んでいるが……なにぶん専門外な薬なのでこればかりは様子を見て処方をする必要がありそうだ。

「では、私共はお部屋に戻らせていただきます。薬の服用で何か違和感などがありましたら、いつでもお呼びください」
「……もう少し、時間をもらえるかい?」

立ち上がりかけた私とリドルは、居ずまいを正してもう一度座る。
御館様は笑みを湛えて、私たちをどこか優し気な雰囲気で見つめていた。

「よければ、君たちの出会いの話を聞いてみたくてね」
「はい……。え?」

隣でリドルが興奮しキラキラと輝くような眼差しをしているのがわかる。
私があんぐりと呆けていると、くすくすと御館様は子どもらしい笑い方をして見せた。

「どうして他人に興味のなさそうな彼が君を蘇らせたのか知りたくなってしまった」
「!!」

それを皮切りに、リドルは如何にして私と関わりを持ったかと言う話から脱線しまくり、私の魅力やら他の魔法使いとは違うところやら、挙句の果てには一生ついていくだなんて言い出す始末で大変だった。しかし御館様が、時々質問を交えながらも終始にこやかにそれを聴いていたのをきっかけに、彼らが今後友好的になっていくとは、この時の私はまだ知らなかった。



―― 一か月後。

「お体の具合は如何でしょうか」

私はリドルと二人で御館様の部屋を訪れ診察をしていた。
九年後に比べると見た目に症状が出ていないので、毎週お身体の調子を伺いに訪れる際は細心の注意を払っているが、万が一にも体調が悪化してしまわれるかもしれない。
そんな不安を顔に出さぬように、私は今日も問診から始めていた。

「……」

しかし、そんな私の心配を的中させてしまうような沈黙が、その場を制する。
黙したままの御館様は、ただ俯いて此方に応えなかった。
そんな彼の様子に痺れを切らしたのか、顔は良いのに口の悪い教え子が余計なことを言った。

「……産屋敷。先生が聞いていらっしゃるんだ。早く答えろ」
「お黙りなさいリドル」
「はい先生」

それでも彼は黙っていて、いよいよ喋れなくなるほど具合を悪化させてしまったのかと私は肝を冷やし始める。
そんな中、渦中の御館様はスッと立ち上がると、おもむろに部屋の最奥に飾ってある日本刀を手に取った。
……これってまさか、斬り捨て御免というやつでは?
まさかそんなに失望させてしまっただなんてと言葉を失っていると、私はこちらに向かってくる御館様を目の前に色々な覚悟を固めきれず目を瞑った。


「一か月前まで、刀を振れるようになろうとは考えてもみなかった」


暖かく、それなのに震えた声が嗚咽とともに降ってくる。
私は思わずバッと顔を上げた。
目の前には、年相応に嬉しそうな顔でほろほろと涙を流すうら若き少年が、重たい肩書を今だけ忘れて泣いている。その手には、代々受け継がれてきたらしい年代物の刀が愛おしそうに握られていて、私はなんと声を掛けてよいやら分からなかった。
私たちの知らない間に試したのだろうか……最近は調子がいいと仰っていた御館様が、ここまで回復されたとは。

――御館様、つかぬ事を伺いますが……現在、御館様の運動能力は如何ほどでしょうか。
――そうだね……。以前刀を振ってみたときは、十回も満たずに脈が狂って止めてしまったよ。
――承知しました。ところで御館様は、剣士に憧れていらっしゃるのですか?
――ああ。彼らにばかりでなく私も、体が良くなれば戦うことで人を守りたい。

「ここ数日は、羽のように体が軽いんだ」
「……」
「それでこっそり、以前のように刀を振るってみた」
「……」
「そうしたら、脈も乱れずに十回出来たよ」

ありがとう、そう言った御館様の震えながらに気丈な声が、やはり前とは違う心強さを纏っていることに気が付いて、私も涙が出そうになってしまう。
そんな私にリドルは不満げな顔でまた悪態をついた。

「そんなこと、当たり前だ」

しんと静まる部屋は、先程の沈黙とはまた格段に違う気まずさと、リドルへの困惑に満たされた。そんなことは糠に釘とでもいうように、当の本人はその長い脚で立ち上がり、御館様に近づく。また無礼なことをと私が窘める前に、彼は言った。

「十回刀を振ることも、長い時間歩くことも、走ることも、大きな声で笑うことも、自由に外出することも……挙げて言ったらきりがない」
「……そう、だね」
「そんな当たり前のことにいちいち感極まっていたんじゃ、病が完全に治るころには目がしおれるぞ」
「……」
「星先生は、僕が知る中で唯一奇跡を具現化できる人だ。人に翼を生やす薬や、性別を変える薬……どれもこれも奇想天外だろう。そんなことを短時間で平然と出来る人が、一年もの時間をかけて作った薬が効かない訳がない。つまり、良くなるのは当たり前だ」
「……」
「リドル!せっかく御館様が良くなったのだからもっと親身に……」

考えなさい、と言う前に彼は、私の言葉も聞かず御館様の両肩を掴んだ。
その目に敵意はなく、寧ろ彼の本性を体現するようなニヒルな笑みが、いつもより優しそうに目の前の少年を見据えている。御館様の瞳は動揺で揺れ動いていた。

「そんな先生が鬼殺隊に肩入れする……。それもお前や隊員達の人柄が良かった故にそうしたこと、つまりは当たり前だ」
「!」
「だからそんなことで泣くべきじゃない」
「……ありがとう」
「ふん」

ゆっくりと肩から手を離したリドルは、私が思ったよりも理性的だったようだ。
無暗に叱ってしまって申し訳なかったなと謝りかけたその時、彼はバッと此方を高速で振り向き言った。

「最近先生に叱られるのが癖になってしまい、つい反感を買うような言い方をしてしまいました!申し訳ありません。よろしければこのことについても叱って頂けないでしょうか?」
「高度な変態に進化してる……」

教え子の人間的成長に少しでも喜んだ時間を返せと本人に言いたい気分だった。
そんな茶番を繰り広げる私たちに微笑みながら、御館様は、いつもの凛とした声音に戻して此方に声を掛けた。

「そんな優秀な我らが隠に診てもらいたい患者がいるんだ。往診を任せられるかな」
「お任せください」
「では、この地図に印がついた場所へと向かってほしい。出来るだけ早い方が助かるよ」
「御意に」

そう言って、仰せつかった場所へと赴くことになった私はリドルと二人でお部屋を退室すると、早速荷物を持ちそちらへ向かった。




「こんにちは。産屋敷邸から参りました医者のスチュワートです」

私はリドルと二人並んで、お屋敷の立派な木造の門をたたいた。
すると暫くして門を開いた人の顔を見て、私は思わずぴしりと固まる。
なぜこうもエンカウント率が高いんだ?

「わざわざお越しいただき恐れ入ります。私は……」

訊かなくても、十ほど目上の男性の姓を推察するのは容易いことだった。
その燃えるような焔の髪に大きな瞳。私はすでに瓜二つな人物を知っている。

「煉獄槇寿郎と申します」

魔法界にいてもいなくても、私はいつだって数奇な運命を辿っているのだと、この時ばかりは思わざるを得なかった。


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