小説 | ナノ


▼ 27

「……」
「……」

とてもよく晴れた翌日。
私はぼんやり、これからどうしようかと遠い目で道行く人々を眺めながら考えていた。
彼らは異国の民の珍しさからくる好奇と、そこはかとない嫌悪感をこちらに漂わすような視線を向けて行き去っていく。気分はまるで晒し者だった。

「リドル」
「はい先生」
「何で私たちは拘留されているのかな?」

そして私たちは実際のところ、気分だけでなく本物の晒し者となってしまっている。
何故だ。本当に何故だ。私は隣の牢に入れられている教え子に問うた。彼の方を向くと、それはそれはいい笑顔で額に青筋を立てていた。つまり怒っている。

「あのクソ餓鬼のせいでは?」

そうあまりにハッキリ言われると、逆に冷静になった私の困惑やら怒りはスッと収まった。自分よりも遥かに怒っている人を目の前にしたとき、人はかえって自分の怒りがどうでもよくなるんだなと一つ勉強になったものの、彼は変わらずその感情を仕舞う気配がなく、私は溜息を吐いた。

「それもそうだけど、役人の人たちが一人の子供の大嘘を事実と仮定して捜査を進めているのが悪いんだよ。あの子は……まあ、将来が心配だけどね」

そう。何やら寺では問題児として子供たちの間で知られていたある一人の男の子が真っ先に役人のところへ行って、あろうことか悲鳴嶼様や私たちが暴行を働いたと証言したようだ。一体何故そんなことをしたかは知らないが、昨晩だけ藤の香が消えていたことと鬼の言動からその子が鬼を招き入れたのではと私たちは踏んでいる。
おかげで捜査班の人たちは山の中でありもしない被害者の死体を今頃探しているようだ。
血痕がべったり寺の中に付いていたが肝心の鬼が朝日に焼かれたので、鬼が出たから此方も応戦したことは仕方がなかったのだと言っても怪訝な顔をされるし、どうやら私たちは精神の危うい人間に映ってしまったらしい。だからそれぞれこうして別の牢に入れられ様子を見られているのだ。

「先生は優しすぎます。きっと縄を切ったのもアイツで違いないんですよ?」
「推定無罪と言う言葉があってだね……。とにかくそれを彼がやった証拠はないんだから、あまり子供相手に悪口を言うものじゃない」
「……ハア。僕は先生のことがいつまで経っても危うくて心配です」
「そう?でも私はそれより彼の方が心配だよ……」

ちら、とリドルとは反対側の隣あった牢に入って静かに涙を流している寺の主であった青年を見る。今となっては私たちと同様身柄を拘束され、更には今後の捜査次第で死刑になるかもしれないという。何て横暴な公的機関なんだ……いつか訴えてやる。

「嗚呼……寺の子供らは皆、行く場所を失ってしまった。可哀想だ」

しかしこんな時に、自分の事ではなく子供たちとの別れに涙を流す未来の岩柱はそれほどまでに徳の高い人だった。リドルも彼を見習うべきところがいくつもあるだろうなと元教え子に向き直る。彼は私と目が合うといじらしく視線を逸らして照れた素振りを見せた。

「そんなに見つめてどうされたんです?」
「君も彼を見習って欲しいと思ってね」
「……」
「……」
「ええと……僕のどこに欠点が?」
「まさか思い当たらないとは」

あちゃー、と額に手を当て、私は今更この子の倫理観の矯正を諦めていたのでそれ以上は言わなかった。だって考えても見て欲しい。生贄十人で一人を蘇らせるというハイリスクローリターンを迷わず遂行してしまう奴だもの……今から倫理哲学の本を買ってきたって遅いだろう。
それより本当に、私は悲鳴嶼様のことが心配でならない。何とかここから逃がしたいけれど、ここは人通りが多くて魔法は使えないしもう既に多くの人間がこの件を周知してしまっている以上は逃がした後に全員の記憶を消すことも難しいため、きっと脱獄はすぐにばれてしまう。本当にどうしたものか……。頭を抱えていると、通行人の一人がこちらにやってくる気配がする。見物だろうか。それにしたって危険なことを……本物の犯罪者だったらどうするんだろうと思いその顔が気になって視線を上げる。

「!」
「……星先生?」
「しっ。静かに」
「?」

その人は悲鳴嶼様の牢の前に屈むと、穏やかで脳が揺れるような声を発した。

「悲鳴嶼行冥だね」

その声特有の音波のようなものに、私もリドルも息をのんだ。

「……如何にも。あなたはお役人ですか?」
「いや、違うよ。君を此処から解放しに来たんだ。君が人を守るために戦ったのだと私は知っているよ。私と一緒に来てくれないかな」

まだ目の見えている様子のその御姿に、私は今なら治療には間に合うと確信を得た。思わず口を開きかけたが、突然今の状況を説明して御館様に信じてもらえるとも分からないし、そもそも悲鳴嶼様に聞かれていい話ではない。その口を、ただ私はきゅっと結んだ。

「それは願ってもないお話……ですが一つお願いが」
「何だい?」
「そちらのお医者様方も一緒に鬼と戦ってくださったのです。どうか一緒に連れて行っては頂けないだろうか」
「ふふ、君は正直で優しいね。勿論彼らにも来てもらうつもりだったよ」

それでいいかな、と此方に真っ直ぐ向けられた視線に、私はただ頷いた。





それから悲鳴嶼様と私達は産屋敷邸にて別々の部屋に泊めて頂く運びとなった。
私はその夜、夕食後に御館様に時間を頂いてリドルと二人でお屋敷の一室に訪れ、そして今までのことをすべて話すと決め、齢十四の当主に話を始める。
私が一度死んでいること、この教え子が私の魂を蘇らせたこと、その影響で魔法なるものが使えることと、未来の鬼殺隊ではその能力を生かして隠をしていることを告げた。そしてその未来で御館様の体調がすぐれないと感じ、その病を治すために薬の材料を集めて来たとも言った。

「……そうか」

それだけ、しんと静まった部屋で彼は言う。信じられない話だろうな……。今まで魔法に関わったことはないだろうし、私達とは常識が違うもの。最悪、頓珍漢なことを言うイカれた医者だと思われたらどうしようかと冷や冷やしていると、彼は口を再び開く。
その顔は、とても綺麗に笑みを浮かべていた。

「ありがとう」

その一言で、胸が救われるような心地だった。まだ何も成果を出していないけれど、組織に貢献する機会を与えられて初めて、この一年の努力がやっと前に進んでいく。
それを許されたのは、大きな一歩だった。
私の安堵する様子を見て、リドルは微笑んでいる。この教え子はなぜそんなに余裕そうなんだ。彼だってこれがどんな状況だか、分からない訳ではないだろうに。その彼が、くる、と私から御館様へと視線を移すと自慢げに言った。

「先生は一年間、この組織の為に頑張ってこられたんだ。お前には良くなってもらわなくては困る」
「こらリドル!敬語を使いなさい」
「構わないよ。彼は鬼殺隊員ではないようだから」
「しかし……」
「……では、彼に私の友になってもらうというのはどうかな」

それなら敬語も必要なくなると言って笑んだ御館様は、若くして人間の器のできた人だった。それに引き換えリドルは、少し嫌そうな顔を隠そうともせずいるのでまた殴りたくなる。

「リドル、御館様がここまで譲歩してくださっているのだから感謝しなさい」
「……はい」
「ふふっ。君たちは仲のいい師弟だね」
「!そう思うか」
「ああ」

目を輝かせてリドルは御館様を指さし私の方を向いて、まるで見たことのない動物に出会った子供のような無邪気な声で言う。

「先生、こいつは話が分かりますね!」
「馬鹿!!こいつとか言わないの!……申し訳ありません!」

指をさすな指を!そう言って私はとうとうこの阿呆に拳骨を食らわせた。




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