小説 | ナノ


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冨岡義勇は、任務によってとある山に赴いていた。その山の麓の村に鬼が現れていて、人が襲われたそうだ。勿論今回も悲惨な現場を想定し、鬼を警戒していた。しかし、着いてみれば村は何ら変哲のない明るい村で、職人が一生懸命に箒を作っている姿がしばしば見受けられた。何事もなかったかのように、まるで怯えていない村人にまず、違和感を覚え眉を顰める。鬼による被害者は運良く軽い怪我程度で生きていると聞いて驚きはしたものの、その人物を探し出したまではいつも通りであった。この辺りで鬼が出なかったかと訊いても、襲われたはずの村人はけろりとしたままこういった。

「あの変な奴なら、もう天女様がお祓いになってらあ」

冨岡は得も言われぬ感触を覚え、その違和感の拭えないままに聞き込みをしていた。
しかしどの村人も、言うことは皆同じ。昨夜偶々、普段は山に住む天女と呼ばれる女が用事で村を訪れていたところ、やってきた鬼を倒したというのだ。刀で斬ったのかと訊くと、どの村人も怪訝な顔をして、首を横に振る。

「最初はねえ、危険だから縛りましょうって、天女様が言ったのだけど」
「縛ったまま放っておいたら、朝日に焼かれて消えちまったんだ、その野郎」

鬼を夜明けまで拘束しておけるような力の強い女を、どうして天女だと呼ぶのか……。
冨岡はまるで分らないまま、情報の一つであった天女の住む家にさっそく訪ねてみることにした。



「失礼、此方の家人はおられるか」

その山の中に、一つ、とても人が住んでいるとは思えないような見た目の小屋があった。外壁の木は、今にも腐ってしまいそうなほど古い修理跡が何か所もあり、それに支えられている屋根は所々が落ちかけた藁で、立て付けの悪い戸をガタガタと懸命に押して出てきた女が住んでいるというには、かえって哀れになるような家だった。

「どうも、こんな山に村人以外のお客さんなんて、珍しいですね」

やや驚いたように、入口の戸を閉めて外に出た女は、黒髪黒目の清楚な容姿だった。
冨岡は、彼女にぺこりと挨拶をする。

「突然の訪問で申し訳ない。俺は鬼殺隊の冨岡というものだ。鬼を退治しに来たのだが、昨夜貴女が倒したと村人から教えてもらった。どういう経緯で倒したのか、訊かせてほしい」
「あら、いいですよ。ここでは何ですから、どうぞおあがりください」
「いや……玄関先で構わないが」
「いえいえ、お茶くらいならお出しできます」

にこ、と笑む彼女は、そう言うと家の中に入っていく。再度断るのも気が引けた冨岡は、大人しく中へ入った。……入った、のだが。

「!?」

あのぼろぼろの家屋とは程遠い内部に、一瞬何が起こったか分からず目を見開いた。
西洋の造りになっている広くて豪華なその家は、一体あの外見からどう想像できようか。玄関を呆然と通り抜けると、台所でひとりでに食器が洗われていたり、他の部屋で洗濯籠の中身が手も触れていないのにどんどん畳まれていく。それを冨岡はまじまじと見つめる。血鬼術の類ではないようだし、勿論彼女は人間だ。しかし、この異様な光景を平然と通り過ぎていくこの女を、何者なのかと考えあぐねていた。

「どうぞ、此方におかけください」
「……」
「今、お茶をご用意しておりますので少々お待ちくださいね」
「……この家には、他に誰か?」
「いいえ、私だけです」
「では、誰がお茶の用意を?」
「誰も何も、今私がお持ちしています」
「?」
「?」

お互いに、首をひねるが、その食い違いはすぐに解決することになる。

「ほら、来ました」

向かい合って座る間にある西洋机の上に、今まで何もなかったにもかかわらずいきなりお茶とお茶請けのお菓子が現れて、また目を見張った。目の前の女と、ほかほか湯気を立てる美味しそうなお茶を見比べる。
女はきょとんとした顔をして、緑茶より紅茶の方がよろしい?と訊いてきたが紅茶が何かは分からなかったので、結構だと断る。それより気になることが山積みだ。

「今、どうやって……」

今度はお茶請けの説明をし始めようとした彼女に、言葉をかぶせるようにして声を掛けると、それが昨日の件にも関わるんですが、と、居ずまいを正して彼女が言った。

「魔法というのをご存知でしょうか」
「いや」
「今ご覧いただいたように色々な用途に使える力なのですが、昨日のように暴漢を拘束することもできます」
「暴漢……いえ、昨日のあれは鬼という。人を食らう生き物だ」

まさか彼女は鬼だとわかっていて朝日に焼いたわけではなかったのか。
鬼が公の存在ではないにしろ、暴漢だと思っていたとは……即座にあれは鬼だと訂正する。日の光によって消滅するか、鬼殺隊の持つ日輪刀で首を斬らないと消滅しないこと。藤の花が苦手なので身に着けるとよいことなどを伝えると、女は、神妙な顔をした。それはそうだろう、自分が食べられていたかもしれないのだから。

「そうなんですね、食べられなくてよかったです。でも死んでしまうなんてわかっていたら、日の当たらない場所に縛るべきだった……。
あの、私のしたことは罪に問われたりするのでしょうか」

鬼を気の毒に思う人間はごく少数だ。しかし、彼女は誰かが食べられそうになっていたことと鬼を殺めたことを天秤にかけて、真剣に悩んでいるようで俯いた。だが、やらなければやられてしまう。冨岡は口を開いた。

「村の人は皆、貴女に感謝する者はいても、誰一人責めたりしていなかった」
「……」
「天女殿、気に病む必要はない」
「いえ、私は天女ではございません。星灯香と申します。それに……気に病んでもおりません……ただ、」
「?」
「そんなに珍しい生き物なら、何か実験に使えばよかったかなあ、と」

勿体無いことをしてしまったかなあ、という天女……もとい、星灯香は、鬼より冷酷な女かもしれないと、このとき冨岡は無意識に刀に手を添えていた。
彼女は何も言わない富岡にまた、きょとんと不思議そうな顔をすると、

「冷めてしまいますよ?」

にこやかにお茶を勧めた。

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