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「行ってしまいましたね」
「そうですね……」
「あの人は来るのも行くのも本当に突然で、私は驚かされてばかりです」
「……後輩がご迷惑をおかけしています」
「ああいえ、きっとあれは彼女の性分でしょうから。後藤さんのせいではありませんよ」

星灯香を見送った後、彼女の上司と先輩に当たる二人はそんな話をしていた。
良い日和の暖かな庭で、何物もその平穏を遮ることはないと思われていたその時、胡蝶の鎹烏が伝令を伝える。

――伝令、伝令。緊急の柱合会議を設ける。至急産屋敷邸に集合せよ。
  至急産屋敷邸に集合せよ。

さっきの今ではあったものの、もしかするとこれは彼女の帰還報告なのではと、胡蝶は心を弾ませた。あの隠ならばきっとうまく薬を作って、それで直ぐに帰ってきてくれたのかもしれない。それに、肝心のリンク・スチュワートを連れ帰ってきたかもしれないのだ。
心が躍らない訳がない。
だからこそそれが"自分の愛する人の訃報"だとは、かの乙女には想像も出来なかった。




「皆、急にも拘らずよく集まってくれた」

そう言われ、柱たちは首を垂れる。
挨拶をうち一人の柱が済ませると、会議はいつものように厳かに始められた。
ある程度前置きをした後、御館様はどこか心苦しそうな声音で言う。
その苦いものを飲まされたようなその珍しい表情に、柱は皆刮目した。

「私の子供たち……とりわけ柱の君たちに、私は今まである隠し事をしていたんだ。それについて話したいと思う」

彼を此処へ、と言った声の後、すらりとした白く美術品のような四肢に西洋絵画の如く美しき顔を持ち合わせた黒髪の青年が、泣きはらした双眸からぼうっと視線を彷徨わせて此方にふらりと現れた。その姿に見覚えのある面々は、驚き立ち上がる。

「助手殿!」
「リドルさん!」
「どうしてここに!?」
「もしかして、リンク先生も此方に?」

一気に詰め寄られるようにされた質問に、彼はそれまで彷徨っていた視線をキッと鋭くとがらせ、好意的に話題を向けられたにもかかわらずわなわなと怒りで打ち震えていた。

「……先生?先生だと?ああいるさ。しかしもう手遅れだ」
「どういうことですか」

胡蝶が語気を強めて質問をする。すると今度は、その彼が静かに涙を流した。

「リンク・スチュワート……いや、星灯香先生は」

ボン、と杖を一振りして現れた棺に、皆嫌な予感がしつつも、リドルがそれを開けたので覗き込んだ。

「!!」
「どうして」

その柱のうろたえを冷たい目で見下ろす彼は、恩師である彼女との約束さえなければきっと今ここで彼らと刺し違えていたかもしれないほどの喪失感に襲われている。

「自ら生きる道を断ったんだ」

その棺には、深く眠りについて覚めない彼女が横たわっていた。









――時はさかのぼり、九年前の日ノ本。

「懐かしいなあ!帰ってきたって感じ」

船に乗って入国を済ませた私……星灯香は、目の前に広がる日ノ本の景色に、一年ぶりの懐かしさを感じていた。空気はやはり、イギリスとは違う。どちらも慣れ親しんでいるから、甲乙はつけがたいけれど。

「星先生。早く宿を取りましょう。昼には着く予定だった船が大幅に遅れたので日が暮れてしまいます」

そんな感慨をぶち壊すのが仕事だと言わんばかりに、現実的なことを伝えてくるあたりさすがと言った所か。この男……トム・リドルは地図を開いて至極真面目な顔をした。
この男は、私が彼に掛かった寿命奪取の呪いを解いた後、単独で日ノ本に渡ろうとした際にどうしても付いていくと言ってきかなかったから仕方なしにつれてきたのだけど、早速意見が割れてはそれを若干後悔しつつある。

「君ねえ、マグル避けや藤の香を焚きさえしていれば今日は野宿だっていいじゃない」
「いけません先生。体が冷えますから」
「この身体だと中々代謝がいいし前よりは冷えにくいよ」

ほら、と。
今は男性となっている身体を指す。
しかしかえって元教え子の呆れた視線を買ってしまった。

「先生のような魔法薬学の権威たるお人が野宿するというのが問題なんです。それに下手をすると風邪をひきますよ」

もう、とため息を吐く彼は、それだけで道行く女性を虜にしているようだ。
こうも視線が強く集まっていては目立って仕方がない。泊まるならば人目に付かないような所がいいからこうして野宿を推進しているのに……この子は鏡を見たことがあるんだろうか。

「それを言うならリドル、君の容姿は視線を集めすぎてる。ただでさえイギリスでも目立っていたのに、こんなところで宿なんか取ってみなさい。きっとそこらで噂になるよ。下手をすれば鬼の始祖に目を付けられかねない」

そう言うと、彼はどこがスイッチだったのか、急に私の事についても悪態のように言及してきた。

「先生こそ美男過ぎます。大体その透き通るようなグレーの瞳に天使のようなブロンドって何ですか。王子様ですか?そんな美しい身体を野山に晒して眠るだなんて、天が許しても僕が許しません」

一体この変態は何を言っているんだ。
誰か通訳でもいればよかったのに……言葉の壁を感じて仕方がない。
私の容姿よりも彼の方が目立つのだという事を述べたくて、私は恐らく普段言わないであろう言葉の羅列を並べる羽目になった。

「は?君なんか闇落ち寸前の美しき帝王って感じじゃない。あーあー本当に羨ましいよ。大体、道行く誰もが振り向くほど芸術的な顔して何を言ってるの?鏡見たことないの?」
「っ……」
「……」

流石に羨ましいよの件は皮肉が過ぎたかな。気まずい沈黙の末に謝ろうかと口を開くと、元教え子はやはり斜め上を行き過ぎる人間だった。

「そんなに褒めて下さるなんて……嗚呼、死んでもいい」
「君が死なないために私が大急ぎで延命薬を作ったことを覚えていての発言とは思えないね」

そう。私もこの一年で何もしていなかったわけでは勿論ない。
魔法薬の素材という素材を集めるのに粉骨砕身し、リドルの容態を見ながら書物を読み漁って呪いや禁忌に触れたことによる罰に対する緩和に効き目のありそうな薬を作った。
ケンタウロスの星占いを頼りにリドルの寿命を見てもらったりして、どうにか元の生命力を彼に戻すことが出来た。そして生贄になったという知人たちの墓を訪ねては謝って回った。……今思えば本当に忙しなく過ごしたものだ。
思い出すだけで疲れている私を他所に、うっとりと頬を紅潮させたその変態へ、私は自分の帽子を思い切り被せ顔を隠すと、ふむと顎に手をやり考える。どちらの案も譲れないからには、折衷案を考え得なければならない。遠くの山々を見つめると、かすかに何処かで煙が上がっているのを見つけた。きっと、人が住んでいる家も探せば何軒かはあるだろう。

「じゃあ、山の中で何処か一晩泊めてもらえるところを探すのはどう?ほらあそこ、きっと人がいるよ」
「ああ……それならば先生が野宿をすることもないですね」
「そうでしょう?それに目立ちにくい」

そうして私たちは山の中の建物の一つを訪ねることにした。
……したのだけど。



「旅のお医者様方。何もないところですがゆっくりしていって下さい」
「ええ。ありがとうございます。少しばかりですが、これを皆さんでどうぞ」

そう言って、盲目の青年にイギリス土産のチョコレートを大きな袋で渡す元教え子と、このお寺の主を、私は遠い目で見つめていた。胡蝶様の夜伽の件があったので、出来るだけこの姿で柱の方々とは関わらないようにしなければと胸に誓っていた矢先にも拘らず、この状況は一体何だろうか。目の前にいる方は紛れもなく、鬼殺隊岩柱の悲鳴嶼様その人だったからだ。見たところ、入隊前といった頃だろう。隊服を着ていないので、恐らくはまだ私が不要に関わることを避けられるかもしれない。

「……今夜一晩、お世話になります」

しかし皆さんもうお気づきだろうとは思うが、そんな期待は毎度の如く裏切られることになる。

「お医者様、ちょこれえと美味しかった!」
「美味しかった!」
「そう?それなら良かった」

存外にも子供というのは、触れあってみれば可愛いもので。
私は懐いてくれた子たちの頭を撫でてとりとめのない話をする。その間リドルが凄まじく此方を見ていたけれど、教育に悪いので子供たちの視界に入らないよう努めた。
そんな平穏な時間が、ゆっくりと過ぎていた時、それは現れた。


『人間の旨そうなニオイだ。ヘヘッ』

フッと消えた蝋燭と、異様な雰囲気に私は傍にいた子たちを守るように背に隠した。
ガタンと襖を薙ぎ倒して鋭い爪を振りかざし此方に向かって来ようとするそれに、私は嫌悪を覚え杖を構える。

「ひっ……」
「大丈夫だよ」
「ううっ、ぐすっ。怖いよ」
「先生はあれを倒せるからね。怖いなら目を瞑っていなさい」

――フリペンド(吹っ飛べ)

バンッという音とともに、奴の腕が吹っ飛ぶ。
その鬼の驚いた隙に、リドルが奴を拘束した。

『畜生!話が違う!あのガキは何処だ!藤の香を消させたってのに鬼狩りがいるなんて聞いてねえぞ!』
「……あのガキ?」
『畜生!畜生!』

錯乱しているようにそればかりを繰り返すその鬼に、私たちは何のことかと思っていると、その間を小さな体が駆け抜けたことに気が付かなかった。

ぶつり。

縄の切れる不吉な音に、私やリドルはハッとしたものの、鬼がこちらに来る速度が異様に速かった。拘束はしっかりしていた。なのになぜ。と思考が占拠される。いや、今はそれどころではない。

『さっきはよくもやってくれたなあ!』

襲い掛かってきた鬼に、きっと呪文は間に合わない。リドルの焦燥した顔がちらと視界に映った。折角生き返らせたのに、私はまた君に死体を晒すのか。それはそれで嫌だななんて考え目を瞑る。しかし、その爪が私を切り裂くことはなく。

――ドゴオッ!!

今度は腕だけでなく体全部が壁へと吹き飛ばされたその様子に、私もリドルも目を見開いていた。
その拳の主は他でもない。あの悲鳴嶼様で……。

「お医者様方にも、子供たちにも手は出させない!」

そう力強く言う彼の姿は、紛れもない鬼殺の意思を持った戦士のそれだった。

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