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▼ 24

「星先生、ここでは何ですから家に入りましょう。いつでも先生を迎えられるように部屋も片付けてあります」

にこにこと言うリドルは、本当に私が帰ってくるのを信じて疑っていなかったようで、ブレないなあ……としみじみ思う。
だからこそ、私への対応の緩さが心配になった。泊めてくれるのはありがたいけど……まさかその顔面偏差値でホイホイと誰でも泊める気じゃあないだろうなと。

「……いや、私は今日宿をとるから」
「何故です?」

何故、だって?……これは相当ヤバい。リドルってもしかして貞操観念ぶっ飛んでる?
それともこういう心配をしないという事は、今まで機会がなかった……?この顔面で童〇なの?そうなの?

「元教え子と男女二人一つ屋根の下という時点で倫理的にアウトだよ」

私は世間一般の正論をベストアンサーに選んだ。数年ぶりに遭った教師に女性経験ないのかとは言われたくないだろう。しかし奴は目を見開いて心外だとでも言いたげな顔をしていた。もしかすると私は女とすら認識されていなかったのかもしれない。

「……」
「リドル?」

数十秒もの間何も言われないものだから、私はしびれを切らしてきた。
どうして何も言わないんだ……。
そんな視線を送っていると、不意にこちらに赤い瞳を向けた彼が、私にずいと近づいた。
さっきまでの気味の悪い変態フェイスはどこへやら、すっかり真剣なまなざしに、私は後ずさってうっとたじろぐ。

「先生、恋人でもできたんですか」
「え」

先程まで黙っていたリドルは、急にそんなことを言った。
その言葉に困惑する私をよそに、彼は自身の顎に手をやり思案しながら、何やら推理じみたことを言い始める。

「以前僕がこの家に泊まりに来たときはそんなこと、意にも介していないご様子でしたよね?それなのに今さら気にするのは不自然です」
「……」
「何かそういうことを意識させる出来事があったんですよね」
「……」

……訂正しよう。貞操観念がぶっ飛んでいる経験なしは私だ。
凄く大きなブーメランを心に食らいつつ、私は一つ思い当たることがあるなと、先程見送ってくれた上司のことを考えていた。いくら想い人が恋しかったとしても、もっとあの方には自分の身体を大切にしていただきたい。

「……」
「……恋人はいない。そもそも愛とかよく分からないし」
「今もそうなんですね」

言うと、リドルは少し声を嬉しそうに上ずらせた。なぜだ。今の言葉のどこにポジティブな要素を感じたっていうんだ。
少し引きながらも、私は続ける。

「迫られたという意味なら確かにそういう出来事もあった。……けどそれは、相手が私を通して違う人を見ていたから困惑しただけで、私の言動に影響はないよ。逆に、君を泊めたあの時は教師としての判断力に欠けていたというのが正しいんじゃない?」
「……迫られた?先生に迫った身の程知らずがまだこの地球にいると?」
「その顔やめなさい。結局何もなかったんだから」
「……」
「むすっとしても可愛くない」
「チッ。分かりました」
「舌打ちもやめなさい……まったく」

はあ、と本日何度目かのため息に、先生の吐息になりたいなどと言い出したリドルを病院へ連れていくべきか割と本気で迷っていると、彼はお構いなしに会話を続ける。

「けど確かに、あの時は状況が異常でした」
「……あの時って?」
「僕が夏休み中この家に泊めてもらった時ですよ」
「ああ……まあ他に行くところがなかったんだし、しょうがなかったよね」
「ふふっ」
「……何で笑ってるの?」
「いや、白々しいなと思って」
「どういう意味?」

またあの赤に射抜かれるように、私たちはお互いの目を見て腹を探り合う。
先に口を開いたのは、元教え子の方だった。








「だって僕の孤児院を潰したのは先生ですよね」

















「さあ。どうだったかな。そんな昔のこと覚えていないね」
「……そうですか」
「恨んでるの?」
「まさか。僕の地獄を終わらせてくれたんですから、先生を尊敬する理由にはなっても恨むだなんて」

あり得ません。とにこやかに言った教え子の言葉に、あの件がこの変態の温床になったのかとようやく思い至った。













−−トム・リドルとアブラクサス・マルフォイを追放した数日後。


その日私は有給をとって市役所に来ていた。
もういい大人だから、魔法薬の研究の他にも色々とやることがある。本当に面倒だけどこれも仕方がないのだ。
しかしお生憎、何やら窓口は込み合っていて、一時間以上待つと言われたのもまた面倒だった。それを待っている間、人の集まっているそこを眺めていると、職員が言われている用件が、訪れた全員ほぼ全て同じ事だと気が付く。おかしなこともあるんだなと私は知らないふりを装って、自分の番を待った。
隣の男がこちらをチラチラ見てくるのが煩わしく感じる。今日は気合を入れて久しぶりに髪を巻き化粧を上品な程度に施してきていた。いつもならばしないのだけれど、今日は服装にも気を遣って桜色のワンピースを着て、紫の羽がさしてあるカンカン帽を被ってきている。きっと同僚や生徒とすれ違っても気が付かれないかもしれない。なにせ、これは勝負服なのだから。

「次の方、どうぞ」
「はい」

漸く私の番が来て、笑みを称えた私はそちらへ赴く。どこかホッとした様子の職員に、これからすることへの罪悪感を感じていた。
席に座って、皺がつかないようワンピースを直す。そして手に持っていたアタッシュケースを職員の目の前に置いた。

「この中に、少しですが使わないお金を持ってきたんです。どうかよい地域づくりに役立ててくれませんか」

そう言うと、私は市政の予算一年分ほどある莫大な現金を開いて見せる。すぐさま驚いた職員は責任者を呼び、私は書面での贈与手続きをつつがなく行っていった。
その途中、周りに聞こえるような大きさの声でわざと私は言う。

「資産があって本当によかった。この市がより良くなることを祈っています」

すると、先程まで私の前の順番だった初老の男性が私の肩をたたいた。きょとんとした様子で振り向くと、彼は首を横に振る。

「あんた……見ていないのか?今朝の新聞を」
「ええ。うちは取っていませんので」
「ほらこれだ」
「"孤児院で児童虐待。市から助成金不正授受の疑いで職員五名を逮捕"……これは」
「あんた、こんな市政に何を期待しとるか知らんが、どうせこの金も不正に使われるに決まっとるよ」

はあ、と心底失望したように男性は言う。そんなことはないと必死に職員は弁解をするが、私はいかにも悲しそうにして見せている。

「そうですね……その孤児院が閉鎖されて子供たちも安心できる場所に移れば、今後の為にこのお金を此方へ投資したいのですが」
「そ、それでしたらすぐには無理ですが数か月お待ちください!」

職員が言うと、それは更に男性の神経を逆なでさせた。

「数か月もあんな施設を放置する気なのか?」
「い、いえ。滅相もない」
「今のは問題発言だぞ」

そうだそうだと、また新聞を見たらしい人たちが席を立っては怒号を上げだす。
私は両の手で信じられないという風に覆い隠した口元をニヤつかせながら、それではと言う。

「三か月以内には、きっと出来ますよね?」
「ええと……それはまだ」
「それを確認出来次第、此方を寄付をさせていただきますが……三か月を過ぎた場合はご縁がなかったという事で、別の団体へお渡しいたします」
「!?」
「迅速な対応、期待しています。子供たちの為にも」

にこりと笑むと、私はその場を後にした。







「ただいま戻りました」
「……灯香」
「はい。何か御用ですか?ダンブルドア先生」
「この記事について、何か知らないかの」

ホグワーツに戻ると、荷物を置きに寄った職員室で声を掛けられた。
それは例の新聞記事。私は考える素振りをしながらうーんと唸る。

「すみません。存じ上げませんが……その記事が何か?」
「いや、知らぬならいいんじゃよ」

ふぉっふぉと笑う先生は、きっと白髪が増えたらサンタクロースにそっくりなんだろうと見るたびに思っていた。トナカイを飼っていそうだけど、訊いたら失礼かな。
それより、と急に真剣な声音で先生は言う。

「この記事の孤児院は、先日"普通の"魔法薬学のクラスに選択授業を変更したトム・リドルの家だったんじゃがの」
「ああ……彼ですか。新薬開発に向いていないと感じていたそうで、私としても残念です」
「そうそう、その子じゃ。……とにかく、帰る家もどこか泊まれるほどお金も持っていないらしい」
「……つまり?」

私が結論をせかすと、訊かなければよかったと後悔させられる言葉が場に響いた。

「夏休みの間、彼を預かってくれんかの」
「……私は確かに部屋を余していますが、他に適任はいないのでしょうか」
「儂は君しかいないと思っておるよ」

この人、どこまで気が付いてるんだろう。
そう思うとこれ以上下手に反論も出来ずに、私はひと夏だけ彼を預かった。
……とはいっても。

「ほらほらリドル、明日はインドに行くよ」

荷物まとめて、と言う私を、彼はげんなりした顔で見つめた。

「先生、大変勉強にはなりますが……こう毎週のように各国を巡られて疲れないんですか?」
「え?別に」
「それに、家にいてもずっと薬を作っていますよね?かと思ったら一角獣の多く居る森へ行ったきり数日戻らないこともザラですが」
「うん、魔法薬作りと材料探しは私の生き甲斐だから」
「……せめてちゃんと寝て下さい」
「えー」
「えーじゃありませんよ……って、これは」

私の脚元に、ひらりと手紙が落ちる。それを私が拾う前に、目ざとくリドルが先に手に取った。あ、それは。

――灯香・星様

先日は当新聞社への情報提供ありがとうございました。
指定の口座に情報料をお支払いさせていただきます。
記事を添付しましたので、まだご覧になっていないようでしたら此方をお受け取り下さい。

"孤児院で児童虐待。市から助成金不正授受の疑いで職員五名を逮捕"――……。


「……」
「……」
「……先生」
「……」
「あの記事、先生が?」
「……ああ、まあね」
「思いのほか孤児院が早く潰れたのは?」
「……」
「先生」

もうここまで来たらごまかせないか。私は、あー……と要領を得ないことをぼやくと、彼の目を見据え、覚悟を決めた。

「あのね、君に一つ教えてあげるけど……」
「?」
「私が言ってたとは、誰にも言わないでね」

――大人になると、禄でもないお金の使い方を覚えていくんだよ。

笑った私に、彼はまだ何か聞きたそうだったが、あとは自分で納得いくまで調べればと言うとそれきりその話はしなくなった。


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