小説 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ 23

「……」
「先生?」
「……もう一回」
「え?」
「もう一回言ってみなさい」

私の視線は、既に氷点下に達していた。
彼はきょとんと呆けた後、少し思案するそぶりを見せて言う。
どうか聞き間違いであってほしい。
そうでなければ私はこの子をきっと思いきり殴ってしまうから。

「先生の魂を甦らせたのは、僕だと言ったんです」
「禁忌とされている魔法をどうやって知ったかは分からないけど……それに必要なのは、十人の生贄と術者の生命力だったはずだ」

うつむいて唸るように問う。
駄目だ。これ以上平常心でいられる自信がない。
私の怒りを理性の紐で暴れださないよう繋いでいたのに、それも次の瞬間あっさりと無駄になった。








「ええ。生贄は志願者がたくさんいたので事欠きませんでした」

にこにこと嬉しそうに話す彼を、気がついたら右の拳で殴っていた。
まさか手を出されると思っていなかったらしい教え子は、もろに顔面で喰らう。
人を殴ると、どうしてこっちまで痛いんだろう。
私はもう泣きだしそうだった。その私の様子に、彼は殴られた怒りより驚きが勝っているような表情をしている。私はそれに構うこともなくわなわなと怒りで震えていた。

「……志願者?志願者だって?!ふざけるのも大概にしなさい!」
「先生」
「十人もの命と教え子の寿命を奪ってまで生き永らえたいと思うほど私は生に執着していない!」
「だからです」
「は?」

「だから、そんな貴女に生きていてほしかった」

殴られたにもかかわらず、彼は怒っていなくて、私は更に泣き出しそうになる。普通は逆だろうに。怒りと困惑に震える私の拳をすっかり大きくなった手で握り込むと、元教え子はまるで大事なものを掌に包んでいる子どものようにそれをさすった。

「こんなに奇麗な拳を、僕の叱責の為だけに傷めてしまって申し訳ありません」
「……」
「十名の志願者も僕も、貴女がいないとこの世に生きる意味が無かった。これは僕たちが自らの為に勝手にしたことです。……しかし、それによって先生を苦しめてしまったこと、深くお詫びします」
「……後悔はしていないの?私は君にもその十人にも、何もしてあげられていないよ。崇拝じみたことをされるいわれもない」
「そうでしょうか。少なくとも、僕は明日死んでもいいくらい幸福です」

とてもいい笑顔でそう言われて、本当に後悔がないと証明されてしまった。
これ以上どう問い詰めろと言うんだ。私は半ば呆れかえってしまい、額に手をやり溜息を吐いた。

「……ハア」
「星先生?」
「もう怒るのも疲れるよ。本当にああ言えばこう言う……」
「すみません」

言ったね?私はそう言い彼を睨む。ぎくりと身を強張らせた彼は、もう一度私が殴るとでも思っているのか、一歩後ずさった。

「そう思う気持ちがあるなら、君に罰を与える」
「……はい」

すう、と一呼吸おいて、その罰の内容を言葉にした。

「リドル。十人の生贄と君の寿命は私が奪ったようなものだ。君がまだ生きている以上、私は君に寿命を返す義務がある」
「!」
「偶然今、延命や呪いの解き方に関する研究をしないといけなくてね。そのために君に実験体になってもらおうか。そして罰として、本来の寿命分は生を全うしなさい。それまで死ぬことは許さない」

そう言って私は、杖を取り出し彼の心臓あたりに突き立てた。
睨んでいる私に対し、今度は恍惚とした表情を浮かべる教え子に、こいつは病気かと思ったが、もう面倒になってきて私は何も言わず彼の返事を待つ。

「喜んで」

うっとり、言う姿は本当に不気味で、一体どうしてこうも変わったんだと思わざるを得なかった。








――星灯香が死ぬより数年前。


「あー……これは思いもよらなかったな。どうしたものか」

私は、生徒のレポートを見て困惑していた。
職員室で椅子を回転させ唸るものだから、周りの教師陣は迷惑そうな顔で私を見ている。本当に申し訳ない。しかしこうでもしないとやっていられない事態なのだ。
私が教鞭を振るっている高等魔法薬学という授業は、私が学生の時に自分で発足した理想の教科。
発足した、というのも、私は従来の薬だけでは満足ができなかった。
何でマグルの世界では毎年のように新薬が開発されているというのに魔法界にはそういった変革がないのかと、私は新しい薬を研究することに惹かれていくうち、飛び級し最年少で学校を卒業することになってしまう。
未成年で就職もままならなかったので、そのまま学校で授業を受けるわけでもなく研究を続け、同級生が卒業する前に新しい科目を設立するに至ったというわけだ。
そして、その授業では自分の作りたい薬を製薬するための技術を育んでいる。
オリエンテーションにと配った羊皮紙に、どうしてこの科目を選択したのかという理由と簡単な自己紹介も含んだ文章を生徒達に書いてもらったのだけれど、そこに問題があった。

――先生、みんなの課題を集めてきました。
――ああ、ありがとう。ええと……。
――トム・リドルです。若き天才と謳われる先生の授業が受けられて光栄です。

そう優等生オーラを全開にしたような笑みで言うトム・リドルという生徒は、周囲の教師からの評判もよく、信頼も厚いらしい。彼ももしかすると飛び級して私と同じかそれより早くに卒業するのでは?という噂は何度か耳に入っていた。
その彼のレポートはとても綺麗に、そして丁寧に纏められていたし、何ら問題はなかったのだけど。

「本音露見(ろけん)薬を試すのに使うべきじゃなかったな」

新しく作った薬を好奇心で彼のレポートに数滴かけてみた。
するとどうだろう。どんどん綺麗な言葉が消えていき、代わりに出てきたのは奴の危ない思想だった。

『お前に取り入って利用してやる』
『教師だろうと僕以外の人間は皆馬鹿だ』
『あの孤児院にいたマグルどもを皆殺しにしたい』
『目的のためならバジリスクだろうと見つけて穢れた血にけしかけてやる』

……とんでもない奴だ。道理でスリザリンなのか。
しかしこれを周りの教師に見せてもきっと問題は解決しないし、下手をしたら警戒されて今後の行動が予想できないかもしれない。

「結構本当にヤバい奴だ」

しかし、孤児院などの件を読む限り、歪んでいるというだけで彼が悪いものなのかよくわからない。もしかしたらそこで不当な扱いを受けていたのかもしれないし、一方的には決めつけられないな。
仕事を減らしたくて自己紹介のみ提出のオリエンテーションにしたのに、かえって自分の仕事を増やしたわけだよねと、ぼんやり私は思って対策を考えた。




「ねえ聞いた?今度ホグワーツで水道点検があるから、三日間は家に帰らないといけないんだって」
「聞いたよ。来月だなんて急だよね。どこか壊れたのかな?」

隣で食事をするスリザリンの女生徒に相槌を打ちながら、トム・リドルは内心悪態を吐いていた。急にあの孤児院に帰らないといけないなんて、と。面倒だが水道の大規模な点検がされるらしいので仕方がない……どうせすぐ終わる。夏休みに比べれば短いものだと自身を落ち着かせるよう努め、彼は周りにそれを悟られぬよう笑みを張り付けていた。その水道点検が本当にそれだけだと疑うことも無かったのは、彼の大きな失態だったのだと、後で気が付くことになるとも知らずに……。




「サラザール・スリザリンの遺物がバジリスクの可能性があることと、三日間あれば恐らく討伐できることを伝えたらあっさり休校だもんね―。この学校大丈夫かな、色々私の発言に対して甘すぎる節があると思うんだけれど」

いっそ心配になってきた。と私は一人、誰もいない校舎で呟く。
念のため、教師にも全員避難してもらったのだ。それにしても、飛び級をして暇な時間を作っておいて本当に良かったと思う。そのおかげで私は、"今日から君もパーセルマウス!一か月で短期習得コース"という私宛の手紙に書かれた若干胡散臭い学習プランを受ける余裕があった。おかげで今は私も立派なパーセルマウス。本当に暇でよかった。

「じゃあ、始めて行こうか」

舌なめずりで、蛇の真似をする。
それから息を大きく吸って蛇の言葉を発しながら各階を歩き回った――……。





三日後。
いいものを手に入れた。バジリスクの牙と肉、それから鱗と目玉と血。
それらをどさりと校長室に持って行った時のディペット校長の顔と言ったら忘れられない。思わず笑うと、あのおじいさんは引きつった表情で(恐らくは私に合わせて笑いたかったのだろう)よくやったと言った。
別に私の研究を邪魔する因子を排除するためだから、校長の為ではないんだけれども。
そんな私の気も知らずドン引きしている校長に、この蛇の肉体を研究に使いたいことを伝えると高速で首を縦に振られたので私はそれを自室へと持っていき、翌日には剥ぎ取った鱗をスパンコールに加工して、学生時代ダンスパーティーで着たっきりの緑のドレスの全面に貼り付け、リメイクした。ついでにバジリスクの瞳が綺麗だったので、角膜の片方をブローチにした。うんうん。やはり魔女はこれくらいおどろおどろしくないとね。流行の最先端に乗った気分で、私は調子に乗り、更についでにバジリスクの骨でステッキまで作り校舎を練り歩いた。途中、事情を知らない生徒達から声を掛けられたけれど、このドレス可愛いでしょ?ダイヤゴン横丁で買ったのと笑ってごまかした。
そして、お目当ての生徒に近づくと、ちょうど共犯の子も一緒だったので、私は笑って声を掛けた。

「どうもこんにちは。今日は水道もいい調子みたいだね」

私の姿を見た二人は一瞬奇妙な顔をするも、何かに気が付いたのか固まった。
察しがいいのは嫌いじゃない。
笑みを深めた私は、放課後彼らにお茶を振舞う約束を(一方的に)取り付けて立ち去った。




「いらっしゃい。どうぞかけて」
「……はい」
「……失礼します」

にこにこと私は淹れたてのダージリンを彼らに出す。対して彼らの顔色は悪く、じゃああんな計画練るなよと思った。
目の前に私が座ると、ドレスをまじまじ見られて私は言う。

「このドレス、気になる?」
「……ええ、どちらで買ったんですか?」

流石はトム・リドルといったところか。動揺を見せないように頑張っている。
しかしネタは上がっているので、私も負けじと笑みを貫いた。

「これはね、昨日作ったの。バジリスクって知ってる?」
「いえ」
「本当?ふうん、おかしいね。君はあれを使ってマグルを殺害したいんじゃなかった?」
「!」
「マルフォイ君、君は彼と懇意にしているらしい。となれば勿論それを知っていたはずだよね」
「……」

私が言いたいことは一つだけだよ、と言うと、彼らは息をのんだ。
脚を組んでステッキを見せつけるように傍に寄せ、私は彼らに向かってスッと目を細めて睨む。








「君たちを高等魔法薬学のクラスから追放する。二度と私の研究の邪魔をするな。……次にこんなことを企てたらホグワーツにもいられないと思いなさい」

そして、一口も紅茶を飲まさないまま私は部屋から彼らを追い出した。












――本当に、何であの子はあれから私に付きまとうようになったんだろう?

謎でしかない。

prev / next

[ back to top ]