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▼ 22

翌朝。

「では、行ってまいります」

蝶屋敷の庭園では、私の直属の先輩と上司が、私の見送りをしてくれると言って待っていた。なんでもアオイさんや竈門さんたちも見送りに来ようとしていたらしいが、仕事や訓練で来られないようで、胡蝶様が代わりに皆さんの分も別れを惜しむ旨を伝えてくれた。
ぺこり、軽装でお辞儀をする私に、後藤さんが不審な視線を送った。

「星、ちゃんと荷物は持ったのか?」
「はい、着物の袖の中に仕舞っています」
「あ、いつもの収納か」

しっかりやれよ。という彼に、頼もしい先輩だなという感想が浮かぶ。
後にも先にも、私を心の底から気にかけていてくれた先輩は、きっと後藤さんだけだ。
その彼に微笑んで見せると、今度はその隣の胡蝶様が少し寂しそうに言った。

「まるで、浦島太郎の見送りのようですね。灯香さんが無事に帰って来られるよう祈っていますよ」
「はい。しっかり成果を挙げられるよう頑張ります」
「……すっかり隊士の顔ですね」

いってらっしゃい。そう手を振られて、二人に見送られる中、私は年数逆転時計のねじを十回捻る。
きらきらと、星の瞬くような金粉のヴェールに包まれたと思うと、蝶屋敷の景色は消え、びゅんと体が引っ張られるような感覚に襲われる。そして周りが真っ暗になった。

「(この感覚……まさか、)」

移動(ポート)キー?
そう考え至って、過去に行ってからどうやって母国へ渡ればよいのかという大きな心配が消えた。きっと、これはこのままイギリスに連れて行ってくれるだろうと、どこかで理解した。
この時計はポートキーになっていたのか。
リンクは思いのほか、良い道具をくれたものだ。
感心していると、真っ暗だった視界が開ける。すとんと地面に両足がついて、久しぶりの空気に触れる。ああ間違いない。ここは……。と、目の前にある屋敷を見上げる。
西洋造りのレンガの赤みがかった建物。それは紛れもなく、私が以前所有していた自宅だった。とはいえ、十年前ともなれば当然、他人の手に渡っていても仕方がないだろうという事は明白。なにせ以前所有していたころの私は、とっくに死んでいるから。
とすれば、他人がこの家を管理しているかもしれない。庭にも手入れが行き届いていることから、きっとまめな人物が所有しているのだろう。
私は可笑しな感覚を覚えつつ、自宅のドアをノックした。

「はい……どちら様です、か」
「!」
「!!」

ドアを開けて出てきたのは、昔の教え子だった。







「先生……?」



昔の教え子……トム・リドルがそこにいた。
ふわりと柔らかな黒髪を綺麗に整え、美術品のようなその顔で恐ろしい復讐を企てていた、仮初の優等生。この子のマグル殺戮を未然に防ぐために、私がどれだけ苦労したことかと思うと(まあ言うほどはしていないのだが)、過去に来て初めに遭った人物としては少々面倒だった。しかし、当の本人は此方を見るなり、前世と殆ど変わらない私の姿をまじまじ見つめ、歓喜を噛みしめているようだ。その証拠に、これからどうしようかと考えている私をよそに、強い力で私の躯体をぎゅうぎゅうと抱きしめた。

「星先生、星先生」
「うん。久しぶりだねリドル」
「ああ、やっと帰ってきたんですね」
「……え?」

恍惚とした声音に、一瞬寒気を覚える。
故人に会った最初の反応にしては、とてもおかしなように感じたからだ。やっと?私が生まれ変わっていたことを信じて疑わないかのような台詞には違和感しかない。もし仮に彼が私をゴーストだと認識しているならまず抱き締めた時点で生身なことに驚くはず。しかしそれがなかったということは……。
そう考えを巡らせ動かない私に構うことなく、彼…トム・リドルは頬を赤らめうっとりとした声で言う。

「僕がどれほどこの時を待ちわびたことか……。先生が死んでから、この五年間で何百回マグルを滅ぼしたかったか知れません。僕が自らの手を穢れた血で染める前に帰ってきてくれて、本当に嬉しいです」

私の体をテディベアか何かのようにきつく抱きしめ離さなかった教え子を、思わず本気で突き飛ばした。今こいつ、何て言った……?マグルを滅ぼす?まだそんな下らないことを考えていたことに呆れて、私はせっかくの再会だと言うのに大きな溜め息を吐く。そしてじとりと彼を睨んだ。

「在学中に私が警告したことを忘れているらしいね。君がそんなに愚かだとは知らなかった」
「はは、忘れていませんよ」

元教え子は弾んだ声で、私のしてきた警告の内容の一部を楽しそうに言い出した。

「秘密の部屋にまつわるあのマグル殺し計画に先生がいち早く気付くと、僕が接触するより先にバジリスクを見つけ殺し、その鱗をスパンコールにして作ったドレスと、胸元にバジリスクの目の角膜のブローチを身に付けて、主犯の僕と仲間であるアブラクサス・マルフォイをお茶に誘ったことなんかは特にね」
「……君って結構根に持つタイプだね」
「いえ、先生との想い出を保管しているだけですよ。それほど貴女は特別な魔女だ。今目の前にいるだけで、その偉大さに鳥肌が立つ程」

そう言って、長袖の片方を捲って見せた彼の肌は本当に逆立っていて、私は思わず顔をしかめる。こんなに崇拝じみたことを言われる覚えなんて、これっぽっちもなかったからだ。しかし、そんな私の様子にお構いなしというように彼は続けた。今度は苦虫を口いっぱいですり潰したような表情をしてみせる彼に、私はまた顔をしかめそうになった。折角顔がいいのだから普通にしていればいいのに。

「それなのに……あの男はどうかしていましたね。先生を殺そうだなんて」
「……」
「僕は先生の遺体を偶々発見してしまったんです。あの男はすでに現場から逃げ去っていましたが、僕にはすぐ分かりました。だってあいつは普段から先生を妬んでいましたから」
「ああ……あいつ、やっぱり逃げたんだ。本当に、人を階段から突き落とすような奴がよく教師になれてたものだよね」
「ええ、全くです」
「こんな風に積もる話もしたいところだけど、私は今別に用事があるんだ。だから此処にはそう長く居られない」
「……え?どうしてですか?」

とても傷付いたとでもいうように、見る見るリドルは表情を歪めていく。




「僕が先生を呼び戻したのに」

ぽつりと言った言葉は、人間の理を覆す暴挙の吐露だった。

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