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「灯香さん」

はあ、と、首元に掛かる吐息にびくりと肩が震えた。
状況が読めないだろうとは思うけれど、それは私が今一番感じていることなのでどうにかご容赦いただきたい。何がどうしてこうなったのだろう。
私は竈門さんたちを診察した後、容態報告のために胡蝶様の部屋を訪れていた。しかし、ノックをして名前を告げた瞬間に彼女の部屋へと引きずり込まれたというわけである。そして冒頭に戻る。
きっと何かの血鬼術でも受けて、それを私に治して欲しいとか、きっとそういうことだ。苦しんでいらっしゃるのだ。でなければ、この美しくも儚げに、顔を赤らめて私の肩に縋るようにしがみついている蟲柱の姿には辻褄が合わない。

「こ、胡蝶様……どこか具合がすぐれないのでしょうか。お顔が赤いようです」

私は、努めて平常心を装った。幾ら同性と言えど、こんな状況に心の臓が動揺しない訳がない。瞳を潤ませてじっと此方を見つめてくる胡蝶様を、私は静かに見守って問う。
しかし、彼女はふるふると頭を横へ振った。

「具合は悪くありません」
「では、あの三名の診断書を置いておきますのでこちらにあとで捺印を……」

そう言って離れようとすれば、女性にしては強い力で引き寄せられ、顔と顔が寸でのところで、あでやかに囁かれた。

「ところが、急に貴女にしか頼めないことが出来たので、どうしてもそれをお願いしたいのです」

そんなことをこの赤面した美女に言われて断れる人間がいるなら今だけ此方を代わってくれないだろうかと切に願った。顔面の暴力だ。

「内容によっては協力いたします」
「上司命令です」
「……失礼いたしました。尽力いたします」
「よろしい。では、」

期待のこもった熱っぽい目で此方に何か言おうとした胡蝶様は、多少乱雑に羽織を脱いで、私の装束にも手をかけた。
もしかしなくても、今から彼女は私に……と考え至った頃、この色香の舞う空気を壊す救世主が現れた。

「胡蝶、此処かァ」

ガラリと扉を開けて入ってきた不死川様に、天使の羽が生えている幻覚が見えた。
彼は脱ぎ捨てられた羽織とはだけた装束の私、それからその装束のボタンに手をかける胡蝶様の様子を見てぴしりと固まった。それはそうだろう。こんなところで仕事仲間が昼間から、しかも女同士で間違いを起こす現場に居合わせたとなっては、処理が追い付くまい。
そんな彼と、固まる私を見て興がそがれたのか、はあ、と胡蝶様は息を吐いた。そして羽織を拾って着直すと、不死川様に声をかけた。

「そういえば、今日でしたね。試作品の治験報告を兼ねた常備薬の受け渡しは」

心底面倒と言うように、胡蝶様は言う。私も不死川様も、言葉が出ないのをいいことに彼女は続けた。

「それで、今度の結果はどうでしたか?」
「……」
「不死川さん?」
「お、おま、胡蝶……」
「はい。胡蝶です」
「何から突っ込めば……ハア」

あー、と暫くガシガシと頭を掻いてから不死川様が発した一言は、ものの見事に私を窮地に追いやった。

「あのなァ、そういうのに首を突っ込む気があるわけじゃねえが、せめて合意は得ろよ」
「得ましたよ?ね、灯香さん」
「えっ」

確かに得たようなものだけど、それは上司命令に同意しただけです!と言えたらよかった。しかし、そんなことを言う前に、唯一の男性である彼がその胡蝶様の言葉で勘違いをなさったのでもう収拾がつかない状態になっていた。

「それで、どうだったのですか?結果は」
「あァ……無痛だ」
「それは良かったです!ではそれを量産し、隊士に配布できるようにしましょう」
「はい」
「……俺は帰る」
「不死川さん、待ってください。副作用などが出ていないかの確認のため、診察と少量の採血にご協力いただきたいです」

そう言って、採血の道具が置いてある診察室へ不死川様を案内しに行く胡蝶様の姿に、内心ひどく安堵した。女性に迫られる経験は、これが最初で最後であってほしい。
しかし、そんな期待をすると大抵は打ち砕かれると、相場は決まっているものだ。
彼女は不死川様を先に診察室へ向かわせると、私の方に戻り、耳元で囁いた。

「先ほどは失礼しました。不死川さんの言う通り、こういうことは上司命令ではなく一個人としてきちんとしなくてはなりませんね」
「いえ、とんでもございません……」

よかった、気の迷いだったのかもと安心しかけた時に、胡蝶様の色香る言葉が耳を貫く。

「もし灯香さんが満更でもないなら、今夜この部屋で」

何を、とは言われなかった。しかしそれが逆に煽情的で、私は固まる。
それに気をよくした様子の彼女は、口元まで隠れる頭巾を被っている私の唇を布越しに親指でなぞると、にこりと笑んで出て行ってしまった。

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