小説 | ナノ


▼ 19

「おはようございます。診察に来ました」

がらり、ドアを開けて竈門さんと我妻さんと嘴平さんの病室に入る。
もうすっかり機能回復訓練に精を出している彼らの様子をうかがう、と言うだけのそれ程難しくはない仕事を、胡蝶様は昨夜、何故か私を呼び出して頼んだ。
いつもは、違う人を寄越しているのにどうしたんだろうと思いはしたけれど、何か私が言う前に胡蝶様はどこかへ行ってしまったので、残念ながらそれを質問することは叶わなかった。

「おはようございます!今日は灯香さんなんですね」
「おっはよ〜!なんか珍しいね。俺は大歓迎だけど!!」
「来たならドングリ寄越せ!」

三人三様の対応に笑みをこぼしつつ、体調に関する質問やストレスについても訊いていく。
そして診察の終わりに嘴平さんにはドングリに顔を描いたものを渡した。

「皆さん特に不調はないようですね」

にこりと笑んで、私は次の仕事へ向かおうと荷物をまとめる。
その中、三人はどこか浮かない顔をしていた。

「どうされたのですか?」

私は尋ねたけれど、暫く誰も話さなかった。

「……何もないようでしたら、そろそろ」
「待って」

我妻さんが、ドアへと向かう私の装束の裾をきゅっと掴み、それで私は引き留められた。
驚いて振り返ると、三人は私に、ベッドに腰掛けるよう促した。
私は若干不審に思いつつ、何か言いにくいことでもあるのかと、言われたとおりにした。

「灯香さん、あの……」
「……」
「……」

珍しいその静けさに、普段であれば興味津々な姿勢になっただろう。けれど、これから言われるであろう言葉が容易に予想できてしまって、正直それどころではなかった。

「……どこかへ、行ってしまうんですよね」

そう竈門さんが言って、私たちはその後、少しの間誰もが口を開かなくなった。理由は簡単。私が答えになるような何か言わないといけないからだ。皮肉にも、この長い沈黙のせいでその答えはもう察しがついたようなものだろうけど、それでも私が言わないことにはどうにもならないという事もまた、同じように分かりきっていた。

「はい」

静かに、それだけ言う。
彼らは皆、少し慌てた様子を見せた。

「どうしても行かないといけないんでしょうか」
「きっと、直ぐには戻れないんだよね?そういう音がするから……。俺たち、心配だよ」
「お、俺様のとっておきのドングリ見せてやるから……もっといろんなこと教えろよ!」

そこで私は、ふふ、と笑いかける。我ながら今、最低な選択をしようとしていると思った。
これは自嘲の笑みだ。
私はベッドを離れようと立ち上がり、彼らをそれぞれ見て言った。

「皆さん、何をおっしゃっているんです?私はただ、今から"研究室へ"向かうというだけです。ですからきっと、任務でよほど遠くに行かない限りは、どこにも行きません」

ほら、三人がとても傷ついた顔をする。
過去へ行くだけだから、時間的には十年いなくなったところで一瞬もこの場を離れたことにはならないと、本当に最低な嘘を吐いた。
いや、嘘ではないのか。それでも、この真摯な人たちを突き放すには十分すぎる言葉だったはずだ。

「そんな顔をなさらないでください。私は……」

魔女ですよ。
そう、内に秘めた野心を瞳にギラつかせるように、私はベッドに座る彼らに合わせるように上半身をかがめ、強かな表情をして見せた。今度は、彼らの少しだけ呆けた様子に、やっぱり湿っぽくはなりたくないと改めて感じて続ける。

「悪"魔"のような"女"と書いて"魔女"ですから、たとえ指一本になっても這って帰ってきます。それどころか、皆さんが私の事を、帰ってこなくてもいいって思ってうんざりしたとしても、それでもしつこく生きて、最後には誰より役に立つ隠になって見せますよ」
「灯香さん……」
「灯香ちゃん……」
「ドングリくれるヤツ……」
「嘴平さんは後で私の名前の読み書きを改めて教えた方がよさそうですね」
「灯香さん、すみません!伊之助は人の名前を中々覚えなくて……」
「覚えないにもほどがあるだろ」
「覚えられるわ!お前あれだろ……えっと、銅貨!」
「灯香です」
「女の子の名前覚えないとかお前の頭どうなってんの?ないわー」
「善逸は女の子の名前だけは異様に覚えが速いからな!凄いことだと思う!」
「えっ、一周回って褒めてないよ?実は貶してる?」

やっぱりこうでなくちゃ。
私たちは少し談笑して、それから明日には、体感十年の別れを迎えるのだった。





「なあ炭治郎、灯香ちゃんのことだけどさ」
「うん」
「前はあんなに鬼殺には積極的じゃなかったように見えたよな」
「確かにそうだな。でも今は……仲間の役に立ちたいっていう、信頼を寄せたくなる匂いがしてる」
「うん。さっきも、強くなりたいって心から思ってる音がしてた」
「俺たちも、頑張らないとな!」
「そうだね。女の子があんなに覚悟決めてるんだし、しょうがないな……頑張るか!死にたくないし!」
「善逸は強いから大丈夫だろう」
「は?無理無理すぐ死んじゃうくらい弱いからね俺」
「いや、そんなことはないぞ?……そういえば、善逸」
「何?」
「善逸も気が付いてたよな?しのぶさんが部屋の前にいたの」
「ああ……まあね。でもさすがにあの時は伊之助も空気読んでたよ。あんまり悲しい音がしてたし」
「しのぶさんも、きっと灯香さんがどこかに行っちゃうのを分かってるんだろうな」
「うん。だからこそ、自分からは聞けなかったんだよ……。あの人、なんだかんだ灯香ちゃんを結構目にかけてるし」
「二人とも、あまり無理しすぎないといいな」
「……そうだね。さ、訓練戻ろう」
「善逸が早めに休憩を切り上げるなんて、珍しいな」
「湿っぽいからだよ!察しろ炭治郎!」

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