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▼ 18

胡蝶様との数週間に渡る研究の結果、数通りの試作品が出来上がった。
まだあと何度か実験と議論などを繰り返すことになるだろうけど、前回の試作よりも更に半分ほど痛みを軽減させられる筈、という結論になった。
今日の試作品はあっという間に完成したような気でいたけれど、今自室へと歩いている縁側ではもう日が傾いている。

「(あと、一回か二回ほど試作したら……私はイギリスに発たないといけないんだ)」

そう思うと、意味もなくその場に座って、暫くこのお屋敷を眺めていたくなった。
とん、と腰を下ろして、杖を振り紅茶と元気が出るクッキーを出した。
行儀が悪いかもと思ったけれど、隠装束の頭巾を乱雑に取り、夕焼けに照らされた庭園を眺めながらむしゃむしゃと次から次へクッキーを貪る。
どうせ誰も通らないし胡蝶様も任務に出かけて行ったから、私がこの夕飯時にお菓子を食べていたって誰も何も言わない。
胡蝶様のあんな顔を見て、心の中はあの男の無責任さに対する呆れやら、怒りやら、悲しみやらでグニャグニャと歪んでいた。私にはイギリスに行けなんて言っておいて、自分は求めている人がいると知っているのに会いに行きもしない。だから、私はこんな義理のかけらもない男の言うことなんて聞く必要がないんじゃないかと思い始めていた。大体、百歩譲ってイギリスに行くのは素材の問題もあるから賛成だとしても、わざわざ"十年前の"母国に帰る必要性がわからない。

「……」

むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ。
下手をしたら舌も噛みそうな勢いでクッキーを次々と口に放り込んだ。ここに来てからこんなに苛々する日が来るとは思っていなかったから、私はこの怒りをどうすればいいのかさっぱり見当もつかなかった。だからと言ってやけ食いもどうかと思うけど。
ごくっとクッキーを紅茶で喉に流して髪を手で掻きむしる。

「もう……考えれば考えるほど訳が分からない」
「何が?」
「えっ」

声のする方を振り返ると、見覚えのある金髪の少年が私の横にいつの間にか座っていた。
何時からいたのだろうか……。全く気が付かなかったことを驚きつつ、隣にいる少年……我妻さんは、私にもう一度問うた。

「何が分からないの?灯香ちゃん」

品もなくクッキーというクッキーを貪り続けている様を、何時から見られていたのかと思うと、ぐっと恥ずかしさが込み上げてきた。
そんな私の様子に彼は、へへっと笑み、そのお菓子頂戴と言い、了承した私のお茶請けからクッキーを一つ口に放り込むとそれからスッと前を向いた。

「美味しいね」
「……気に入ってもらえたようで、何よりです」
「こんなに美味しいものでも気分が晴れないなら、俺に話してみて」

珍しくいつものような騒がしさのない我妻さんに、思わず何も言えなくなる。
療養中の隊士に迷惑はかけられないとか、我妻さんは機能回復訓練の訓練中で忙しいのではとか、そもそも(今更かもしれないけれど)マグルに対してあまり魔法界のことを触れ回るのはタブーだから故郷についても前世についても話すのは気が引けるとか、そんな事が頭の中をめぐっていた。
言葉に詰まる私に我妻さんは、夕焼けに照らされた庭園を真っ直ぐ見ながら続ける。

「灯香ちゃんからは、まるで大きな嵐が目の前に来てるみたいな、不安な音がする」
「!」
「俺、耳がいいんだ。灯香ちゃんだけじゃなくて、人や鬼からは常にいろんな音がしてる」
「……」
「聞こえる音で、その人がどんなことを考えているのかがわかるんだ。でも俺はその人から嘘の音がしていても、信じたいと思ったら信じてきた。そしたら結局女に騙されて借金まみれになってさ。馬鹿な話だよね。……俺はそれがきっかけで鬼殺隊員になったんだ」
「……そんなことがあったんですね」

相槌を打つと、我妻さんは此方を向いた。

「最初はさ、稽古したって死ぬにきまってるし、俺には才能なんかないし、兄弟子にも嫌われるし最悪で、何度も逃げ出そうとしたんだ」

全部じいちゃんに阻止されたんだけど、とやけに悔し気に言う我妻さんに、私は聴き入っていた。

「でも、今は少しだけ良かったと思ってるんだ」

普段はネガティブ気味な彼のその言葉に、私は眼を瞬かせる。

「何故です?」

そう訊けば、彼はこちらに向かって笑った。


「だって鬼殺隊に入らなかったら、俺は一人だったから」



その言葉が全てのような気がして、私は咄嗟に何も言えなかった。






「……私も、」
「うん」
「ここに来なければ一人でした」
「うん」
「自分に居場所ができてから、私はずっとここで皆さんのことを支えていきたいと思っていたんです。けれど人を食べない禰豆子さんのことや、鬼のこと、鬼からの被害を知っていくうちに、皆さんの戦う理由を本質的に分かっていなかったと思い知らされて」
「うん」
「今まで通り支えるだけなのが、段々非力に思えてきて」
「そんなことないよ」
「もっと役に立てるかもしれない道を見つけたのですが、その道を示してくれた人を信用しきれません」
「そっか……自分の話ばっかりで悪いけど、俺もじいちゃんと会ったときはそうだったな」
「やっぱりそうですよね。いきなり私を導きたがる人が現れるなんて、都合がいいって思って、否定的な根拠ばかり探すんですけれど、分かっているんですよ……自分が今のままじゃ皆さんの役に立っていると胸を張れないことくらい」
「灯香ちゃんが?そんなこと言ったら俺なんてずーっと騒いでるだけで殆ど何にもしてないよ?」
「まさか。我妻さんは那田蜘蛛山でご活躍されていたと聞きましたよ」

ス、と空気が変わる。
今まで落ち着いて会話をしていたはずの我妻さんは、瞳を大きく刮目して狂気じみた面白いお顔になって叫んだ。

「エーーーーッ!誰から?女の子?!女の子だって言って!!」
「ふふふ」
「灯香ちゃああん、教えてくれよおおおお」

我妻さんの我が道を行く精神に、今日は何より救われる。
私は持ち歩いていた羊皮紙と年数逆転時計を、ポケットの中で握りしめた。

余談ではあるけれど、"元気が出るクッキー"には元気爆発薬が大量に入っていたので、私も我妻さんもその日は耳から煙を吹き出しながら過ごして怪訝な目で見られるという一日を過ごした。

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