小説 | ナノ


▼ 16

ほかほかと湯気を立てる天ぷら蕎麦。
にぎわう店内。
その中でひときわ目立っている私の上司、煉獄様。
彼のメラメラと燃えるような髪は、黒髪のお客しかいない店内ではとても目立っていた。
私は蕎麦を一つ頼んだのに対し、彼はこの机に並べきれないほどの大量の蕎麦を注文していた。これを一人で食べるというのだから、確かに柱くらいの高いお給金がなければ食事だけでも赤字だ。
そうぼんやりと考えていると、煉獄様は手をバシッと合わせたかと思うと箸を手に取り食事を始めた。

「いただきます!」
「いただきます」

私もおずおずと、それに倣って箸を進めるものの、異様なまでのスピード感で麺をすすり、うまいと連呼する煉獄様の食べっぷりに若干引きつつ、ゆっくり食事を楽しんでいた。
海老天の美味しいことと言ったら……。

「(絶対また来よう)」

煉獄様はグルメなんだなあ……と、感激していたのもつかの間、あっという間に三杯目を平らげた彼がさらりと言った。

「それで、今日の本題だが」
「はい」
「リンク・スチュワートという人物を知らないか」
「……リンク・スチュワート様?」
「ああ。我らの恩人にして行方不明者だ!」

一体それが誰かなど見当もつかないけれど……リンク、という名前から察するに男性で間違いはなさそうだ。しかし、イギリスにもそのような知り合いはいない。申し訳なしに眉を下げ、かぶりを振った。

「申し訳ありませんが、存じ上げません」
「そうか!君に訊いてみてくれと言われたんだがな」
「……その方は私のことを知っているのですか?」
「ああ!彼は優れた医者で、全国を津々浦々と旅する御仁だった!しかし医者とは言っても、見たこともないような方法で治療をしていたのだがな。彼は去り際、自分の他にも似たような力を持つ者がいるから、そういう者が現れたら、これを授けてくれと」

そう言うと、煉獄様は懐から布に包まれた何かを取り出し私に差し出した。開くように促された布の中には、古びた懐中時計があった。けれどもとてもいい品のようで、金色の装飾が端々に施されている。これを持っていたスチュワートさんとやらは、きっとセンスがいいに違いない。

「……とすると、私とその人は同業者という事でしょうか?」
「ああ。向こうは星殿のことを知っている風だったぞ!」

彼が私のことを知っている風だった、という言葉に、やっと合点がいった。私は前世で著書を(思いがけず)出版したり、ホグワーツ以外の活動では、休日に各国で講演を開いていた。自分で言うのもなんだけれど、魔法薬学においては特別名前が知れていたと思う。だから魔法界のどこかで私のことを知っていた人が、日の本で偶然にも私を見かけた、というわけだろうか。
……しかし驚いたなあ。
前世と同じ名前を名乗っているから、村やどこかで魔法を使った所を見て、スチュワートさんは私だと確信したのかもしれない。けれどこの日の本に、前世の私を知る外国の魔法使いがいるなんて……。まあ、私が前世で死んでしまってからは15年以上は確実に経っているし、きっと若くはないな。

「この中身を見ても?」
「ああ!構わない!」
「では失礼します」

煉獄様に許可を取って早速時計の蓋を開く。時計と蓋の間には、くたびれかけた羊皮紙が一枚、入っていた。それをそっと開いてみる。中には英語で以下のようなことが書いてあった。






  Dear. Tohka

私は君の正体を知っている者だ。けれど決して敵ではない。

君が今朝方書こうとしていた、やりたいことリストの"3つ目"について、言っておかなければならないことがある。

君が今取り掛かっている薬を完成させたらすぐ、10年前のイギリスに行き、"近代の病気における魔法薬での治し方"や"呪いの解き方"に関する本を探しなさい。

何に使うかは、きっと見当がついているはずだ。

そのためにはまず、この"年数逆転時計"を使いなさい。


  From. Link・S











――ぞわり。
暖かい店内で、湯気を立てる蕎麦を食べているにもかかわらず、寒気が私の背を駆け抜けた。
私の今までの行動すべてを見ているとでも言いたげな文章に、このアドバイス。

「(私が御館様の病を治そうと考えていたことまで、どうして知っているの?このリンクという男は)」

そう、私は柱合会議で自分の立ち位置を思い知って、隠として出世することを心に決めた。そこでネックになるのが、"鬼殺隊に如何に貢献できるか"だ。私にしか歩めないような出世街道……それが、魔法を使った方法だった。だから私は、誰にもどうにも出来なさそうな"御館様の病"に目をつけていた。

――(あれをどうにかできれば私も……)

きっとそれが叶えば、禰豆子さんを堂々と庇うことも、今以上に自由に仕事をすることも、同時に可能になる。……そう思っていた。

「……」

その文章を目で追ったまま黙り込んだ私を見て、煉獄様はふと、その手を止めた。

「何と書いてあったのだ?」
「……ええと。それが」
「……」


間と、こちらに向けられた視線の重みがのしかかった。
私は口を再び開き、にこりと笑って見せる。

「私に必要だった助言が記してあったものですから、的確過ぎて驚いてしまいました」

嘘は言っていない。
しかし心象は大幅に捻じ曲げた。
まるで、欲していた言葉をかけてくれたのだという風に言ってみたけれど、実際は只々寒気がするばかり。

「そうか!」
「はい。貴重な物をありがとうございます。煉獄様」

私はふやけ始めた海老天を、急いで蕎麦と一緒に食べて、物理的に体を温めにかかった。

「(自分の行動を逐一知られていると思うと悪い気分だけど……。確かにこの日の本では見聞はおろか、呪いに効きそうな材料は殆どない。神話の生物が生息している土地もないようだし、ハナハッカ・エキスだって作れたのは奇跡に近い。やっぱり一度、国へ帰るべきなのかも)」

そう思いなおして、気味の悪い手紙の挟まったその時計を所有することになった私は、ぎゅっとそれを握りしめた。



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