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▼ 13

そこからの話は早かった。
御館様が禰豆子さんのことを容認していること、二年以上禰豆子さんは鬼になっても人を食べていないこと、人を食わないことの証明に三人の命がかかっていること。
聞くに全うな内容だった。けれど、血の気の多い不死川様はそうも受け取れなかったらしい。

「死にたいなら勝手に死に腐れよ!なんの保証にもなりはしません」
「不死川の言う通りです!人を食い殺せば、取り返しがつかない!殺された人は戻らない!」

不死川様の気持ちも、燃える太陽のような髪の……煉獄様、だったか、彼の気持ちもよく分かった。

「たしかにそうだね」

静かでありながらもとても心地の良い声で御館様は答える。

「では……」
「御館様!」

何処か期待が叶ったような声で二人は言う。けれど御館様の次の言葉は落ち着いていた。

「人を襲わないという保証ができない。証明ができない……ただ、人を襲うということもまた証明ができない」
「うっ……」
「禰豆子が二年以上もの間、人を食わずにいるという事実があり、禰豆子のために三人の命が懸けられている。これを否定するためには、否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない。皆にその意志はあるかな?」

そういわれた彼らは不服そうな顔をしている。けれど実際問題そうなのだから仕方のないことだ。納得をしていると、さらに御館様は続けた。

「それに、私の子供たちに伝えておくことがある。この炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」

鬼舞辻……?聞きなれない言葉に私は首を傾げそうになったが、後藤さんが視線でなにやら訴えてきたのでやめておいた。きっと正解だろう。
けれど柱の皆様はとても重要なことなのか取り乱して竈門さんに質問を浴びせる。
しかし煩くなりかけたところで、御館様は口元に指を添え、皆を黙らせた。
何やら話は分からないけれど、相当大事な事実だということだけは分かった。

「分かりません御館様」

しかし、纏まりかけたところで、やはりというべきか、不死川様が声を上げた。

「これまで俺たち鬼殺隊がどれだけの思いで戦い、どれだけの者が犠牲となっていったか……」

承知できない、と彼は言った。ただのマッドな戦闘狂ではないらしい。
……と、思ったが次の瞬間、彼は己が刀で腕を切りつけ始めた。うーん……誰彼構わず血が見たいだけなのかもしれない。人はわからないものだなあ、と、その様を眺めていた。

「御館様、証明しますよ俺が。鬼というものの醜さを」
「実弥……」
「あ……っ、不死川様」

彼は私から一瞬で禰豆子さんを奪うと、箱に血をたらし始めた。何かしらの病気が血液感染したらどうするんだろうと思いながらも、声を上げれば後藤さんがとんでもない形相で此方を見つめていたため、もう何も言うまいとした。

「おい鬼!飯の時間だぞ。食らいつけ」

悪趣味だ。禰豆子さんがいくら理性を保っているとはいえ、この状況は彼女にとって厳しすぎる。刺されていて回復するのに、人間の血肉を欲さない鬼が、果たしているのか……。そんな空気の中でも彼女は箱から出ることはなかった。安心しかけていると、蛇を連れた柱の伊黒様が日向ではダメだと言って、いよいよ禰豆子さんは日陰へと連れ込まれる。

「(禰豆子さん……どうか、どうか人間の理性を保ってください)」

祈るように両の手指を組んで、首を垂れる。ああ、もう見ていられない。鬼というものがきっと誰でも憎いのだろう。大切な人を傷つけたのだろう。私はその感情が今のところ無いから理解が及ばないだけで、誰かにとってはこれは正当なことなのだろう。でももう目も当てられない。泣きそうだ。
禰豆子さんを刺す不死川様の刀の音、悲痛な竈門さんの叫び声、耳を塞いでしまいたかった。

「出てこい鬼!お前の大好きな人間の血だア!」

そう不死川様が言って、箱の戸を開けた。
呻きながら出てきた禰豆子さんは、目を大きく開いて汗をかき、苦しんでいる。
柱の面々は、黙ってそれを見つめていた。

「どうした鬼?来いよ。欲しいだろ?」
「うう……」

息の荒い禰豆子さんを挑発するように、不死川様は言った。竈門さんはいつの間にか伊黒様に捻じ伏せられていて、息もできているのか分からない。そちらも心配で、私は視線を兄妹にそれぞれ彷徨わせていた。
押さえすぎだと胡蝶様が伊黒様に言ったけれど、緩める気配はないし、血管が破裂するというワードに反応して派手好きの宇随様は何やら喜んでいた。端では大きな体の悲鳴嶼様が数珠を手に竈門さんを憐れんでいる。
大丈夫かなこの組織……。結束が取れているのが不思議なくらいだ。

「ううっ……」

視線を禰豆子さんの方へ戻すと、彼女はやはり苦しんでいる。けれどここで魔法を使って、彼女を癒してしまえば今度こそ禰豆子さんの安全性を証明できない。つまりは確実に殺されてしまうだろう。握った杖は、今だけはただの棒なのだった。

「(ごめんなさい竈門さん、ごめんなさい……)」

目の前で苦しむ兄妹を救ってあげられない。結局私の立場が弱いから、組織の中ではこういう時に権限を持たないし、入隊して数か月の新人だから実績もない。こういった不条理に対処できないことが、改めて悔しい。どうしたら私にも、胡蝶様や柱の方々のような権限が得られるのか……ぐるりと辺りを見渡して、一つだけ、見当がついた。

「(あれをどうにかできれば私も……)」

そう、一点を見つめていた時だった。竈門さんを拘束していた伊黒様の腕を富岡様が退けて、その隙に彼は最愛の妹のもとへ駆けだした。


「禰豆子!!」


私はハッとして、また、緊迫した不死川様と禰豆子さんに意識を向けた。

「うう……!」

唸って、それから禰豆子さんは、プイッと思いきり不死川様から顔を背け、両手で自分の爪を隠すように、手を強く握りしめている。まさかそんな、と言わんばかりに不死川様の顔から笑みが消えた。静かになったその中で、私はひとしきり安心して、その後を見守った。
これで禰豆子さんが人を襲わないと証明できた。よかった……。本当によかった。
ぼうっとしていると、その内、胡蝶様からお呼びがかかった。

「はい!連れて行って下さ〜い!」

仕事だ。
傷を負った竈門さんと禰豆子さんを蝶屋敷にお連れするべく、私は後藤さんとアイコンタクトを取り、私が御館様の屋敷に靴を脱いで上がり、箱の戸を閉めて背負った。不死川様に軽く会釈をして、ポケットから試作品のハナハッカ・エキスを取り出し半ば押し付けるように渡した。

「なんだこりゃア」
「これを一滴ずつ傷口に垂らすと傷がすぐ癒えます。痛むとは思いますが試作段階なのでご了承ください」
「要らねえ」
「詳しくは胡蝶様から後でお話がございますので、一先ずお受け取り下さい」

事務的に小声で話す。そして素早く禰豆子さんを連れ後藤さんのもとへ合流した。
……したのだけど、途中竈門さんが抜け出したり一悶着あって、後藤さんは回収が大変そうだった。

「では皆さんお揃いですね。蝶屋敷に飛びます」

そういうと私はブローチに触れ、ポートキーで移動に成功した。
一瞬で景色が変わったことに竈門さんはとても驚いていたけれど、後藤さんの剣幕はそれ以上だった。

「お前のせいで俺怒られただろ!漏らすかと思ったわ!!」
「うっ……」
「空気読めよ!察しろ!」
「……まあまあ、後藤さんそのくらいで」
「星!お前もだ!不死川様になんて口利きやがる!吐きそうになったんだぞ!」
「上も下も大惨事じゃないですか」
「本当に粗相したわけじゃねえよ!けど下手すりゃそれより悪いわ!お前ら謝れ!!」

「「す、すみませんでした……」」

漏らすより吐くより悪いのか……。それは申し訳ないことをしてしまったに違いない。
反省しながら、私と竈門さんはうなだれた。

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