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「また薬を作ってくれているのですね」

関心関心、とニコニコ言う胡蝶様は、すとん、と私の座るソファに掛けた。隣に座る綺麗な目鼻立ちの彼女は、やはり柱だからか、鬼と戦ってきたというのに傷一つない。それどころかいつもと変わらず穏やかだ。

「ええ、けれどこれは……」

私が言い淀んでいると、彼女は黙って続きを待っていた。お茶も出していない事に気が付いて、それでも出せるような雰囲気でもない。紡ぐ勇気の持てない言葉をお茶で喉に流してしまえたらどれだけいいだろう。

「……」

部屋全体に温度が一定になる呪文を掛けているはずなのに、寒いのだろうか。まるで凍えてしまいそうな心地だった。
意を決して、震える唇を動かす。

「鬼殺隊に必ずやいい影響を与える薬であると、確証が持てないのです」

私がぽつりと話した言葉を、胡蝶様は拾う。浮かぶ笑みは穏やかで、泣きたくなるほど清らかだ。若い女性にこんなことを思ったら失礼かもしれないが、さながら聖母のよう……。
この人が激情に駆られているところを、私は知らない。いつも静かに、けれど強く、笑みを浮かべている。

「何故、そう思うのですか?」

私の顔を横から覗き込んで、理由を語るように彼女は促した。それを皮切りに、自分のまとまり切らない思考を、出来る限り丁寧に伝える。

「この薬は、使うと深い傷でも即座に修復が出来ます。ただ、その分とても強い痛みが伴います」
「……」
「その痛みは尋常ではないので出来るだけ使用は避けたいところですが……その分効果は強力です。薬の痛みは隊士の皆さんの精神力で耐えることが出来るかもしれませんけれど、今後この薬が普及して、簡単に致命傷のような深い傷が治せてしまえば……」

「死に急ぐ隊士が現れるかもしれない……ですか?」

静かな声が部屋に小さく響いた。
私の考えの浅はかさに呆れているのか、隊士の皆さんを馬鹿にしたように聞こえて怒っているのか、もし本当にそんな隊士が出たらと考え悲しんでいるのか。
はい、と蚊の鳴くような声で答える。どう思われようと実際にそう考えてしまったのだから、嘘は吐けなかった。俯いて胡蝶様の言葉を待っていると、そうですか、と彼女は言った。どんな感情で発した言葉なのか、汲み取りずらい声だった。

「灯香さん、此方を向いてください」

言われて、私はぎこちなく顔をあげる。胡蝶様は、変わらず笑顔だった。怒気や悲しみは感じない。とても優しい笑顔で此方を見つめている。

「灯香さんは本当に優しいですね。薬の副作用で出てしまう痛みの事や、薬を使った後の隊士の事も考えてくれている……。それは誰にでもできることではありませんよ。ありがとう」
「……」
「もっと自信を持ってください。貴女は私が知る中で随一、腕のいい助手です」

まるで予想していなかった言葉に、私は呼吸を忘れた。
いま、この人はなんて……?
言葉の理解が追い付かないまま呆けていると、くすくすと美しく彼女は笑む。
呆れたわけでも怒ったわけでも、ましてや悲しんでもいない。私を労うような言葉を、この屋敷の主自らかけて下さった。それだけで胸がいっぱいだった。
じわりと滲む視界で胡蝶様が近くなる。頬を伝った雫を蟲柱の手で掬うように拭われ、何て勿体無い手の使い方をさせているんだと自己嫌悪に陥ってしまいそうだった。

「ああほら、泣かないで下さい。折角の美人が台無しですよ」

美人は胡蝶様の方でしょう、と言いたいけれど、少しの間嗚咽が治まらなくて、何ともみっともないと恥ずかしくなってしまう。そんな私の背中を胡蝶様はゆっくり落ち着く速度でさすって下さった。ある程度落ち着くと、彼女は考えたのですけれど、とある提案をした。

「その薬に鎮痛成分を加えることはできないのですか?」
「!」
「もし可能であれば、それは隊士の負担を軽減できるのではないのでしょうか」
「じ、実験をしてみない事には何とも言えませんけれど……」
「実験ですか……」

考えてもみなかった。魔法薬学教師として教鞭を振るっていた身としては、ハナハッカ・エキスはあれで完成。そして数百年以上も作り方の変わらない代物であるがゆえに、もっと違う方面に薬を改良しようとは思ってもみなかった。確かにそうだ。相当難しいとは思うけれど、やりようがないわけではない。
ふむ、とお互いに向かい合って考え込んでいると、胡蝶様は、ああ!と声をあげた。

「いい人を知っています。その方に協力を仰いでみますね」
「え?!ですが……一度目の試作で完成するとはとても思えない難易度ですよ」
「大丈夫です!しょっちゅう切り傷を作る方ですから、本人も傷の治りは早い方がいいでしょう。それより、その研究は一人で出来るのですか?作り方を覚えたいので、私も製薬作業に参加したいのですけれど……」

あれよあれよという間に、私と胡蝶様は共同で薬を作ることが決まり、指定された日に研究初日を設定し、今日はこれだけの用だろうと思っていたのだけれど。

「さて、これが今日の本題ですけれど」
「?」

にっこり笑っているように見えるけれど、今度はゴゴゴゴという効果音の付きそうな怒れる美女の笑みだった。ひっと思わず声が漏れ、自分の顔が青ざめるのがわかる。

「灯香さん、今日は休日だそうですね……?」
「……はい」
「はい、じゃありません。何故休むべき時に休まないのですか。身が持ちませんよ!」

休むべき時に休んでいないという報告がいくつも上がっています、と言われ、心当たりのありすぎる私はとても肩身が狭かった。


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