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やはり休日は素晴らしい。一日中フリーでいられる。

「もう少しでこのハナハッカ・エキスが完成か……。私にしては長いこと時間がかかったものね。やはりこの国にある材料では代用は難しいのかもしれない」

この天気のいい昼間にも拘らず、禄に外に出る気もない不健康な女は私の事で間違いない。と、言うのも……この部屋には外に出る必要のないほど何でも揃っているからだ。
元は畳部屋だったけれど落ち着かないから床はフローリングに変え、お気に入りの黒い革のソファや太陽をイメージしたシャンデリア、クローゼットは私でないと開けられない魔法の掛かった特別仕様で、その他の家具はすべて実験用の器具で埋め尽くされている。足の踏み場もないほどの研究ノート、走り書き、魔法薬づくりに使う材料、大鍋、梟のケージ……目につくところにそれらすべてがあってやっと安心できる。これが無ければ私の部屋ではないと豪語したいくらいなので、掃除の出来るお嫁さんをご所望の殿方には私はハズレ物件だろうなあとぼんやり考える。もう私も十五か……。結婚を意識してもおかしくはない時期である。けれどできる気がしない。前世では結婚はおろか、恋愛すらまともにしたことがない気がする。憧れる先輩がいたりしても結局その人の魔法薬づくりにおける技術なんかが素晴らしかったわけで。告白して理由まで告げるとその人は厭に白けた目をしてこう言っていた。

『いや馬鹿だろ、灯香は俺の魔法薬に恋してんだよ。見る目ねえな。こんないい男の方に惚れねえのかよ。もう一回言うわ。馬鹿だろお前』
『あ、そっか……すみませんその通りでした。でも正直先輩自体の魅力とかはちょっとよくわからな、』
『しばくぞテメエ』

我ながらとんでもない女だ。私が恋をするのは魔法薬と魔法具。欲情することはあってもそれまでだ。一度いかがわしい関係になってしまえば後が面倒だもの。いっそそれなら一生貞操を貫いて散るのも一興だ。昔、そんなことを恋愛話の好きな同僚に言ったことがあった。彼女はげんなりして私を憐れんだ目で見ていた。正直あれはきつかった。

『は?随分枯れてんのね。大体あんた、今まで彼氏作ってこないで何やってたのよ……ああいいわ、言わなくって。どうせ勉強だの魔法薬だのでしょ?でもまさかそこまでとは……』
『うっ……』
『容姿も整ってて魅力的なのに彼氏作んないとかいっそ清々しいわ。男っ気が無さ過ぎてあんたって実は女が好きなんじゃないかって……専ら噂よ?』
『いやあ、ヒト科で私と恋愛できる人がいるのかまず分かんない』
『重症ね、聖マンゴに紹介状でも書いてあげましょうか?』

駄目だ。恋愛にまつわる事で碌な思い出がない。別に男性に言い寄られたことがないわけではない。実際そうなると私は必ず相手に気づかれないほど高度で緻密な開心術を掛けていた。言葉ではいくらでも繕えるし。本当はこの人、何を思って私を好きになっているの?という、純粋な疑問故だった。今考えれば大変失礼だけれど。

『Ms.星……僕は君が好きなんだけれど、今度の休みに漏れ鍋でも行かない?』

とても素敵なデートのお誘いに聞こえることだろう。だけど実際はこんな奴ばかり。

――どうせ休日も魔法薬ばかりに身を費やするんだろ?遊んでやるよ。

『お断り』

当然の返事だと思う。
私の趣味や研究欲を理解……とまではいかずとも妥協してくれなかったり、"魔法薬を作っている私"が魅力的に感じられないというならそんな相手、此方から願い下げだ。
ああ、そうだ。そう言えばそんなくだらないことで……。

『どうしてか聞いても……?』
『だって、私を弄ぶ気で誘ったんでしょ?余程暇なんだね。こっちは研究で忙しいから。……もう用は済んだ?なら退いて。早くしないとこの階段が動くの、知ってるでしょう?』
『ふざけるな!』
『奇遇だね私も同じことを考えてた』
『いつも澄ました顔しやがって……ムカつくんだよ!!』

相手の男に、軽く突き飛ばされる。
そのタイミングで階段が大きく動いて、私は落ちて死んでしまった。死ぬときはきっと、もっと高尚な理由で死にたいと思っていた。例えば魔法薬の実験に失敗して死ぬとか、そんな風に自分の生き方を肯定できるような死に方を。

「それが、今の私がいる理由なのだとすれば、とても高尚とはいいがたい。……生にしがみついた未練の塊だ」

ふつふつと煮える大鍋に、くるくると杖を振る。これが出来たら、鬼殺隊の怪我の基準はどうなってしまうのだろうか。ハナハッカ・エキスは、たとえ姿現しに失敗してしまっても"ばらけた"身体ですら元に戻せてしまうほどの効力を持つ良薬だ。勿論急速に体を再生するのだから激痛はするし、負担はある。けれど、これを鬼殺隊に普及させてしまったら……。

「こんな薬、あったらあるだけ命を投げ打つ隊士が増えるのかもしれない」

私は自分が死んだときのあの耐え難い痛みを思い出して、そんな死の際を行き来させるなど畜生のやることではないのはと考えた。私があの時にこの薬を掛けられようものなら発狂してしまうだろう。やはり安易に作ってはいけない薬もある。
そうして、私の手は、未完成の薬の胎児が眠る大鍋に伸びていた。


「そんなことはありませんよ。灯香さん、貴女のしている研究のおかげで救われた人は沢山いるのですから」


ふわり、蝶が舞ったような軽い音がして、いつの間にか私の目の前には任務からお帰りになったらしい胡蝶様が佇んでいた。

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