テイクアウトにしてもらったストロベリーサンデーの入った袋を右手に提げて、事務所の扉を叩こうとして、叩かなかったのがまずかった。びっくりさせてやろうかなあ、と考えたのもまずかった。ダンテの驚く顔が見たい!とか少女マンガみたいなことを思ったわたしを叩きたい。

数分前の呑気なわたしが、ゆっくりと音を立てないように玄関のドアを静かに開けると、事務所の中はしいんとしていた。いつもの椅子にもバスルームにもダンテの姿は見当たらないから、ヒールを履いた脚をそろりとダンテの部屋に進ませた。いたずらを仕掛けるときってなんでわくわくしちゃうんだろう。くすくすと笑いそうになる口元にてのひらを当てて、廊下の板が軋む所は踏まないようにドアまで進んだ。

「あれ?」

そこそこ大きいボリュームで声が出たのでひやりとした。息を殺してじっとする。そうっと聞き耳を立てたけれど、幸か不幸か(たぶん不幸だ)、こっちに向かう足音は聞こえなかったのでほっとした。

もいちど視線を扉に戻す。覗いてくれと言わんばかりに扉が少し開いている。部屋のひかりが漏れてくる五センチくらいの隙間の向こうで、コートをばさりと羽織った音と、機嫌良さそうな鼻歌が聞こえた。ダンテがよく歌うやつだ。何度も聴いたお馴染みの歌が、サビの辺りに差し掛かったとき、なんでなのかはわからないけれどなんとなく嫌な予感がした。背骨の辺りがぞわぞわするけど、同時に見たくてたまらなくなる。

うーん、と唸って、わたしは悩んだ。やめなさい!と叱る天使と猫撫で声の悪魔が交互に語りかけてきた。しかしたいていこういう時は悪魔の声がやたらと大きい。ピッチが上がった鼓動の音がわたしをそそのかしている。いいか。ダンテも悪魔だしな。隙間を覗いた。


「……バージル?」


まぶたを開けたり閉めたりしてみた。青いコートと閻魔刀と、後ろに流した銀色の髪がセットになってそこにいた。ダンテの部屋の鏡の前で、満足そうなダンテの声で、バージルダンテが鼻歌をうたう。

口が勝手にぽかんと開いて、頭が自動でぐるぐる動いた。なんで?が落ちる木の葉みたいに、わたしのまわりにぱらぱらととぶ。なにやってんだわたしの彼氏は!というかなんでコスプレしてるの?それどっから持ってきたの?まさかバージルの部屋からじゃないか?と次から次へと疑問が流れて、本物の方のバージルがこれを見たらどうなるんだろう、そう思ったら思考がとんだ。容量オーバー。わたしの頭はR指定に対応していないみたいだ。

わたしは聖母のマリアさまみたいに優しくにっこり微笑んで、何も見なかったことにした。ごめんねダンテ、と呟いてドアからくるりと踵を返す。触らぬ神になんとやらです。まだまだマリアさまにはなれそうもないです。

ヒールの音に注意を払って、撤退しようとした瞬間、ダンテが何か叫び出した。やめときゃいいのに立ち止まる。好奇心の別名はやっぱり悪魔のささやきである。

「アイニィードモアぱわー!」

思わずむせた。不意打ちだった。口から聴いたことも無い変な擬音が飛び出て焦る。わたしは肩を震わせながらしゃがんでお腹をぎゅっと抑えた。口も抑えた。どうして耳を抑えなかった。もういろいろとぎりぎりなのに、ダンテは構わず続けて叫んだ。絶妙な感じで似てるのがもうなんだかほんとによくない。

「スカァーム!」
「うう…」
「ダアァーイ!」
「ううう」
「ユーシャルダァァ〜イ!」
「(だっ、だめだもう)」

ぞわり、と再び背骨が震える。わたしはくるりとUターンして、部屋まで急いで戻った。すごく嫌な予感がした。今すぐ止めなきゃいけない気がして、ドアノブをぐいと右手で掴む。その瞬間にバージルダンテが刀を構えて引き抜いた。抜けなかった。シャガンッ!という音を立てて、閻魔刀が途中で止まる。ダンテが前につんのめる。もう無理だった。わたしが派手に吹きだしたのと、バージルの部屋の扉が開くのが、ほんとにぴったり同時だった。



時間よとまれ!
(というかとまった)



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