〔 闇夜の帳に 〕

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燐は口の中に溜まった血の塊を吐き出した。

鎖に繋がれた両腕は痺れて、吊られているせいで肩の関節がぎりぎりと軋む。

背中は幾重にも肌が裂けてまだじくじくと痛みを主張している。

歪んだ視界には、薄暗くて汚水の臭いしかしない拷問部屋が映っていた。

『しくじったなぁ・・・』

こめかみを伝うものが汗なのか、血なのかも分からない。

自嘲が込み上げてくる。

「雪男の言うこと、聞いときゃ良かった」

無理に言葉にすると、喉がひゅうと鳴る。

「まったくです。あなたはどうかしていますよ、キャプテン」

錆付いた鉄製の扉が甲高い悲鳴を上げて開く。

松明を掲げた男が入ってきた。

「うっせーよ、提督」

「とんだヘマをしたものですねぇ、今頃、副長があなたを助ける算段をしていることでしょうが・・・」

ぷくくく。

ひそやかな笑いに燐は胡乱な視線をくれる。

「その目、反抗的な蒼い瞳。夢にまで見ましたよ、ぞくぞくしますね」

「初めまして・・とでも挨拶すればいいのかよ、メフィスト」

「おや、私が誰か、お分かりだったんですね」

「その趣味の悪りぃ服見りゃ、誰だって分かるさ」

『むかつくけどな』燐は、いい加減億劫になって肩の力を抜いた。

ごきごきと音がする。何処もかしこも限界だった。

痛みはもう感じないし、どうせ明日になったら斬首だ。

「私は、この海域に留まるなと進言したと思いましたが?」

「俺がそれに従うと思ったのかよ、お前は」

「そうですねぇ、あなたは天邪鬼ですから、まぁ・・・こうなることは、ある程度予想はしておりましたね」

『だからあの副長に言い含めておいたはずですのに、使えませんね。あなたのところの副長は』

今まで楽しげな声で笑っていたはずの海軍提督は、酷く低い声で忌々しげに呻いた。

「なに、ぶつぶつ言ってんだよ」

右目の上が腫れていて、酷い顔だ。

「あの拷問士、万死に値する」

メフィストがそっと燐の顔に触れる。

「血で汚れるぞ、手袋・・・」

顔以外も酷い怪我だ。目元の血を指先で拭う。「あなたは分かっているのですか?」

「何がだよ?」

訳が分からないと眉を寄せる燐に、メフィストは溜息を吐く。

「本当に分かっていないのですね」

「だから、・・・なんだよ?」

「全く、憎たらしい・・・。私の、最愛の海賊」

「はぁ?」

素っ頓狂な声を上げて、目の前のピエロじみた提督をまじまじと見る。

次の瞬間、体中が痛むのにも構わずげらげらと笑いながら鎖をがしゃがしゃと鳴らす。

「真面目な顔して、可笑しなことを言うのは変わんねぇな、メフィスト」

目尻に涙まで溜める燐に、再び溜息をつく。

真に受けてもらえない求愛が虚しくて、まぁ、このシチュエーションで告白もないかと思い直す。

「で、俺の斬首は決まったのか?」

「斬首?私が、あなたを?・・・ばかばかしい」

軽い口調で吐き捨てる。燐の疑問を乗せた視線に、真意を見せない笑みを浮かべて見せる。

「もうすぐ、ここに、私の弟が来る手筈になっています」

『ひじょうに腹立たしいですが、現在、私はこの砦から動くわけにはいきませんから』

ぷくくく。いつもの含み笑いとともに、もう一度燐の頬に指を滑らす。

「次に逢うときは、また、何処かの港であることを祈ります」

「・・・お前、・・本気か?提督が海賊を逃がすのか?」

「海賊を、ではありませんよ。・・・あなたを、助けるのです」

「同じじゃないのかよ」

「私の中ではまったく別の案件です」

「あ・・そ・・」

アホらしいと声を出す燐は先ほどの笑いで体力を消耗して、段々と意識が朦朧としてきた。今、意識を飛ばすのは不味いと思うのに、どうしても繋ぎとめて置けそうもない。

「気を失ってしまいましたか?良く頑張りましたね、ご無事を祈っていますよ、燐」

軽く押し付けられた唇の冷たさが、熱を持った自分の唇に心地よいと感じながら燐の意識は闇に沈んで行った。



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〔おしまい〕

悪魔×燐でパラレル設定応援企画サイト『もしりん』様、提出品です。

ほぼ、皆さんのご想像にお任せな感じですね。ここまで読んでいただいて光栄です。
メフィストの弟は勿論、アマイモンですがそこまで書くとかなり長い話になってしまうので、ココまでとさせて下さい。

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