1.魔術師 または The Magician

捲られたカードは正位置の『THE MAGICIAN』。
自信を持って自分の舞台を開演しましょう。

闇の中、楽しげに踊る男が一人。
月影にうっすらとした姿が浮かび上がる。
白いシルクハット、白いマント、白いスワローテイルの上着、白い半ズボン。
ピンクストライプの厚いタイツとなめし皮の膝丈までのブーツ。
尖った足先、ヒールの音も高らかに。
彼方から青い焔が上がったのを見て大悪魔メフィストフェレスは楽しげに笑った。
「とうとう、行ってしまいましたか」
満足そうに呟く。
焔の勢いか正十字学園町の上空はごうごうと風が逆巻いて、彼のマントが風の激しさにはためく。
紫の手袋をした掌をまるで珠でも転がすかのような仕種で動かす。
「私の手の上でもっと、もっと躍らせておきたかったのだが・・・」
同じ舞台の上で踊ってもかまわなったのだが・・・。
「まぁ、こちらはこちらで、忙しくなりそうではあるがね」
月の向こう側で影が蠢いている。
それは数を増しながらうねる様な大きな塊になり近づいてくる。
メフィストは口元を吊り上げた。


それは少し前に遡る。
彼の小さな末の弟が部屋を訪れた。
「こんばんわ、奥村君」
彼は少しの間、口をあけては閉じるという行動を繰り返していた。
もじもじと動いては尻尾をパタパタと忙しなく振った。
『紳士は尻尾を隠しておくものだと、かなり注意したように思うのだが・・・』
今はとなっては仕方のないことだ。
燐は決意をしている。それを彼は知っていた。
この雛もとうとう巣立ちの時を迎えてしまったようだ。
「アマイモン」
気配のみだった『地の王』を呼ぶ。奴はすとんと現れて燐の横に立った。
その当たり前の動きに腹が立ったが、燐が隣に居ることを赦したのはアマイモンだった。
無表情な弟の瞳を見つめる。何の感情も浮かんではいない。
兄に対する絶対的な忠誠は失われていた。
メフィストは溜息を一つ吐いた。
「分かっているな?アマイモン」
「はい、兄上」
「では、行け」
「ありがとうございます」
「?」
メフィストは片眉を上げる。アマイモンに感謝される覚えがなかったからだ。
アマイモンはうっすらと笑みを浮かべた。
そんな笑いも出来るのだと、兄として初めて知ったことに驚く。
長い付き合いであるのにも拘らず、この弟がそんな顔で笑うのは初めてだった。
「行きますよ、燐」
「えっ?・・・俺、まだ何も・・・」
「いいんです。行きましょう」
燐の右手を引いて立ち去ろうとする。
「メフィスト。今まで、ありがとうな」
何度も振り返るものだから、終いにはアマイモンに耳を抓まれながら、それでも繰り返しありがとうと言いながら手を振った。
「いってらっしゃい、私の可愛い末の弟」
まさか、弟に取られるとは思いもしなかった。
少し笑える。燐の姿が見えなくなるまでメフィストもまた手を振り続けた。
燐が来る少し前に彼の弟もまた、メフィストの元を訪ねて来た。
「こんな夜分に珍しいですね。奥村先生」
静かな瞳には決死の覚悟を決めた者のみが持つ光を宿していた。
メフィストには予感があった。その時が来たのだと彼も知った。
「急いでおりますので、手短に失礼します」
切り口上に雪男は言った。
「ここに今から兄が来ます。必ず、足止めをしてください」
「はい?」
「必ず、です。よろしくお願いします、フェレス卿」
雪男は深々と腰を折り、メフィストの答えも聞かずに去って行った。
「やれやれ・・・私が貴方のいうことを聞かねばならない道理はない。まぁ、奥村先生の最期の言葉として受け取ってあげても構いませんが・・・」
ぷくくくく。気紛れな大悪魔が含み笑う。
間もなく雪男の言ったとおり燐がやって来た。
大悪魔の生きてきた長い時間の中でも、珍しいくらいに楽しい舞台の幕が上がった瞬間だった。


青焔魔の差し金だろう。
悪魔の大群が正十字学園町を目指して押し寄せた。
真夜中に満月が煌々と柔らかな光を降り注いでいる。
「まったく・・・老骨に鞭打ってこのような大舞台に上がるキャストになろうとは・・・」
使い魔であるこうもり傘をフェンシングの剣のように構えていつものように数を唱える。
「アインス、ツヴァイ、ドライ☆」
大きなメフィストピンクの箱が現れる。無造作にメフィストは傘で箱を叩く。
「さぁ、出ておいで。私の可愛い僕たち。私の舞台をお前達の歓声で彩っておくれ」
箱は虚無界へと繋がっていた。メフィストの眷族たちが次から次へと溢れてくる。
それは、月の向こうからやってくる軍勢と遜色はない。
ここはもうすぐ阿鼻叫喚の戦いの場となる。
「さてさて、私は私で自信を持って自分の舞台を開演いたしましょうか。まずは派手にファンファーレを鳴らしましょう」
月夜に浮かぶメフィストはサーカスの魔術師のようにくるくると踊るように身を翻した。

2011/08/31

前回の続きです。燐ちゃんちょっとしか出てきませんが(笑)メフィスト様、振られ役wwタロットカードになぞらえてシーンだけ切り取ってます。久しぶりの拍手差し替えになります。お待たせいたしました。感想、励ましなどお待ちしてます。


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