チビッ仔ども!!

小さな燐の手騎士としての素質が開花したのは、小学校に上がる頃だった。
それは偶然が重なった奇跡のひとコマ。


すてん。
燐はクラスメイトに追い立てられて公園の隅で派手に転んだ。
そこは砂地で子供が面白半分に書いた三重円と五芒星があった。
残念なことに燐の転んだ砂地にはガラスの破片が埋まっていた。
膝下に深く突き刺さった透明な破片。
頭を突き抜ける鋭い痛みに、燐は呆然となる。
子供の喧嘩で負う傷とは理由が違う。
まるで火箸を押し当てられたかのような熱に、燐はそれを抜くことが出来ない。
ドクドクと流れ出る血に、ただ呆然となる。
濃く甘い血の香りが辺りを包んだ。
いつの間にか燐を追いたてていた子供達は居なくなり、燐の周りだけが不思議な光を浮かび上がらせる。
「・・な・・に?・・・」
訳も分からずに半泣きになりながら痛みに動けずにいると、後ろに誰かが立っている気配がした。
「あれ?子供ですか?」
自分よりちょっと年上なやはり子供が立っていた。
「だぁれ?」
「僕ですか、僕はアマイモン」
「アマ・・イモン・・・?」
目の下にすごい隈がある。ぎょろっとした目が燐を覗き込んでいた。
「あれれ?なんで、こんなに縮んでるんですか?僕は」
自分の状況に驚いているようで、燐は痛みも忘れて相手を見つめていた。
「君は誰です?」
縮んだ自分を堪能したアマイモンは、やっと周囲に目を向けた。
感情のない爬虫類のような目がじっと燐を覗きこんでいる。
「・・・俺は・・り・ん・・・、奥村・・・燐・・」
「燐・・・、では、燐。非常に簡略化された魔方陣ですが、喚び出されたものは仕方ない」
膝を付いて燐の前に礼をとる。
「わが力、わが命。主命に従い捧げましょう」
「?」
掌に傷をつけて燐の右手の甲に、流れる血を充てる。
そして、無造作にガラス片を抜いて燐の膝の怪我に舌を這わせる。
「燐の血は甘いですね」
口の端を流れる血を舌で舐め取りアマイモンが陶然と呟く。
燐の膝の怪我は跡形もなく綺麗に消えた。
「・・・契約はさなれた」
水色の瞳に燐の姿がある。燐の右手を取り立ち上がらせる。
「僕は君のものですよ、燐」
「俺の・・・もの?」
「はい」
ぼんやりと燐はアマイモンを見つめている。
燐の手の甲には『地の王』の紋章が刻まれる。その淡い緑の輝きに満足しながら、アマイモンが燐にキスをしようとした時、当然のごとく邪魔者が現れた。
ぽむっ。
「はぁい、そこまでです」
「あ、めふぃすと」
白いシルクハットで顔面を覆われたアマイモンは燐の言葉にぎょっとする。
魔方陣が発動した時に、結界を張っておいた。並みの悪魔なら入ってこれない結界だ。
勿論、周囲に居た人間も入れないようにした。
しかし、自分より上位の悪魔にかかれば結界も意味を成さない。
「兄上?!」
視界を遮るシルクハットを取り去り、自分が兄と慕っている男の姿を探す。
・・・が、ない。
「あれ?今、兄上の声がしたのに・・・」
背の高い白い陰がどこにもない。
「こちらだ、バカモノ」
アマイモンよりも下の方から声がする。
「え?」
似てる。青みのかかった髪、病的に白い肌、不健康そうな目元の隈、ぴょんと飛び出たあほ毛。ミニミニサイズだが、服装は確かに彼の兄メフィストフェレスのそれだ。
「・・・・よく出来た人形ですね、燐。僕の兄上に超そっくりです」
アマイモンがメフィストの襟首を掴んでぷらんぷらんと前後に振る。
「ばーかーもーのー。貴様の兄だ。やめろっ、この痴れ者がっ」
ちたぱたちたぱた。
どんなに暴れてもアマイモンは破壊者の異名を持つ八候王の一人だ。
ぷらぷらと先程よりも乱暴に前後に振ったことで、メフィストはくるくると回ってしまう。・・・等身からすると三頭身くらいの背丈なので燐の胸くらい、アマイモンの腰くらいの背丈のメフィストは目を渦巻きにして気を失った。
「あ、死んだ?」
「しぬかーっ!!」
これまたミニチュアのピンクの蝙蝠傘を振り回して、キーキー喚きたてた。
ごすっ。
ぱたぱたと暴れたら偶然と尖った靴のつま先が、アマイモンの顎を蹴り上げた。
「・・・・ア・・・マイ・・モン?大丈夫か?」
上を見上げたような形で固まっているアマイモンに恐る恐る燐が尋ねる。
どすん。
「うぉっ」
抓まれていた襟を予告もなく放されて、重力に従い砂地に落下したメフィストは強か腰を打ちつけた。
こんなアングルで弟を見上げるようになろうとは・・・非常に屈辱的だ。
口元を流れた血を手の甲で拭うアマイモンは、兄に似た者を睥睨した。
「燐。これ、殺してもいいですか?」
視線をひたりとメフィストに合わせたまま、燐に尋ねる。
「だめ。めふぃすとは俺の使い魔だから」
「はっ?」
アマイモンには寝耳に水だ。この甘い血の持ち主と契約を交わしたのは自分だけだと思っていたのに・・・。
「まったく、燐は迂闊です。ちょっと目を離すと、魍魎やら茸やら果てには『地の王』まで引っ掛けてくるんですから・・・」
魍魎と同類に勘定されてアマイモンの表情が硬くなる。
「えーっ。俺のせいなのかな?ごめんな、アマイモン」
「何故、謝るのですか?」
「んと・・めふぃすとは間違ったことを言わないから」
「このチビがですか?」
「チビ言うな。この愚弟が」
げしっ。
容赦ない蹴りがアマイモンの向う脛を襲った。骨に響いた。
彼の酷薄な水色の瞳が細められる。
「やはり、殺します」
「バカモノ。貴様は、兄の言うことが聞けないというのか?」
「兄上はこんなにちっこくありません」
「えっ?めふぃすとっておっきい人なの?」
燐が純粋に尋ねた。
ピクリとメフィストの動きが止まる。そして、燐を見上げながら口元を引き攣らせる。
「そうですねー。今は秘密・・・にしておきます。二人の間に、秘密が多い方がお互いを知りたいという欲求が膨らむものですから」
「そかな?」
「そうですよ、燐」
小首を傾げる燐に大きく頷くメフィスト。
くるりとアマイモンを振り向き、作り笑顔の仮面を外した上級悪魔が低く呟く。
「ちょっと顔を貸せ、『地の王』」
アマイモンは驚いた。そして、すぐに返事をする。
「はい、兄上」
がらりと有様が変わったのだ。それは確かに虚無界に帰ってこないアマイモンの兄、メフィストフェレスの気配だった。魔力で作った出来損ないの分身だろうか?
「燐、申し訳ありませんが、そろそろ私たちはお暇します。一人で帰れますか?」
「うん。大丈夫。神父さんの声がするから。雪男も来てるみたいだ」
「そうですか。それは良かった」
ニコニコしながら燐の頭を撫でようとメフィストは背伸びした。
燐も頭を撫でられるのは好きなので、少し屈んでやる。
なでなで。
燐の顔がふにゃふにゃと嬉しそうに緩んだ。メフィストも口元を緩めている。
燐の可愛い顔を堪能しつつ、兄の様子に喧々諤々のアマイモンは、メフィストに袖を引かれるまでぼんやり燐の顔を見つめていた。
「燐が可愛いのは分かりましたが、おまえにはちょっと用がある」
鋭い翡翠の瞳がアマイモンを縛る。
メフィストは蝙蝠傘の先で地面を叩いた。
すると光の筋が伸びていき魔法陣を描く。
「それでは、燐。ごきげんよう」
アマイモンの袖を引いたまま、メフィストは魔法陣の中へと消えていった。
「またな〜、めふぃすと、アマイモン」
舌足らずな声で名を呼ばれてメフィストは満更でもなさそうに笑った。

2011/09/26

コメント:
チビ化すると理事長は我が侭な子供になります。今回はアマイモンが居たのですごく我慢して大人な態度でした。燐もちょっと不信に思ってました。
なぜ、チビなのかは・・・謎です。理事長に聞いてください。アマイモンも自分がちょっと子供風味なことに納得していませんが、メフィストより背が高いので少々ご満悦。そんなアマイモンの様子が分かっているから、メフィストの機嫌が下降する。メフィストの機嫌が下降するととばっちりを受けるのは彼の使い魔たちだ。だから、彼らは主の目を掠めて燐に会いに行く。たまには主を呼び出して遊んでやってくれと頼みに。
・・・なんてほのぼの。

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