無雲亜栖磨は考える

書棚が立ち並ぶ中を足音をたてないようにゆっくりと歩いていく。
この書物庫はヴァチカン中枢の地下に隠されていた。
そもそもこの場所の鍵が手に入ったのは、偶然の産物だったが、いや、これは必然というか自分達の与り知らぬところで編まれた運命の糸の一端というべきか。
「はぁ・・・なんで僕が・・・」
雪男は溜息をついた。
「しょうがないだろう。この面子で書物庫の場所知ってるの、お前だけなんだから」
後ろからついてくる燐が『諦めろ』と言ってくる。
知っているとは言っても、書庫内を案内できるなどとは一度も言っていない。
それでも兄に頼まれれば、こんな禁を犯す自分がいることに雪男は驚いていた。
「あのねぇ、兄さん」
立ち止まり振り返った弟に『しぃっ』と燐が口に指を当てて静かにしろとアピールする。
「・・・ちっ」
普段爽やかな奥村弟は善人顔をかなぐり捨てて顔を歪める。
先頭が雪男、燐、しえみ、勝呂。子猫丸と志摩は鍵を閉じるわけにはいかず見張り役だ。
「何、立ち往生しとんのや。なんぞ問題があるんか?」
「なんでもありません。とにかく・・進みましょう」
勝呂に話しかけられ、雪男は諦念を滲ませた声で再び歩き始めた。



どうしてこんなことになってしまったのか・・・。
雪男はふと昼間に会った亜栖磨のことを思い出した。
「こんにちわ」
昼休みに兄に持たされた弁当を中庭で食べていたときのことだ。
背後から掛けられた声に振り向くと、図書館で逢ったときと変わらない笑顔があった。
「こんにちわ、無雲さん」
「ご一緒しても宜しいですか?」
自分の弁当箱を掲げてみせてくるのに、雪男はどうしたものかと躊躇した。
彼女の馴れ馴れしさは雪男の周囲にいたどの女生徒とも違う。
返事をしない雪男に亜栖磨はさっさと隣の座を占めてしまった。
膝の上に乗せたお弁当箱を開いている。
「あれから逢う事もありませんでしたけど、本当に広いですね、この学園」
ニコニコしながら亜栖磨が話しかけてくる。
「そうですね。生徒の数が多いですし。クラスが違うとほとんど逢えませんね」
理事長からの報告では、彼女の持つグリモアは本物で回収済みとのことだった。
前回も今回も彼女から話しかけてきた。雪男の何に興味を持ったのだろうか?
クラスでは目立たないように振舞っている。誰にも分け隔てなく話す代わりに特別は作らない。そのスタンスは小中学の頃から変わらない。
「これ、奥村君のじゃない?」
すっと目の前に提示された掌の上のもの、それは鍵だった。ソロモンの鍵。
メフィストフェレスから授かる何処かへ繋がる鍵だった。
「これを・・・どこで?」
「そこの庭園の噴水に落ちていたの。底の方できらきら光を反射している物があるから、何かと思って・・・」
亜栖磨の指し示すほうにはちょっと奇妙な噴水がある。
「何故、これを僕に?」
彼女は屈託なく笑った。
「奥村君、質問ばっかりだね。・・・そうね。前に図書館で逢ったときに、これと同じ様な
鍵を持ってたから・・かな?」
「すみません。でも、・・・僕の鍵を見たんですか?」
「うん。・・・図書館出たところで鍵を使ってるのを見たよ」
『・・・・もう少し、周囲に気をつけなければ・・』雪男は自分の失態とともに、心を戒めた。
「そうか・・・、ありがとう」
彼女の手から鍵を取ろうとして、手を引っ込められてしまう。
「・・・・じぃ・・。本当に、奥村君の?これ」
「たぶん、ね。もっとよく見せてよ」
雪男が鍵を亜栖磨から奪うように手を伸ばす。
「本当に?これ、何処の鍵なの?」
「・・・それを聞いてどうするんです?君は」
「実はね、もう使ってみたの」
ニコニコと笑いながら亜栖磨が言う。
「なっ・・・」
「奥村君、嘘つくの下手だよね」
「君は・・一体・・・」
目の前にちらつかされた鍵を奪うことも忘れ、亜栖磨の瞳を覗き込む。
「あなた、人と関わらないようにしてるでしょ。人間らしくないのよね。見ていて、イライラする」
亜栖磨は雪男に覗き込まれた瞳を細めて、笑みを深くした。
「僕がどう人と接しようと僕の勝手だ」
「そうね。じゃ、その勝手に兄まで巻き込むのはやめなさい」
顔は笑っているのに、その目は冷たく冷めていた。虚無を思わせる何もない彩を宿す。
「無雲・・・さん。君は・・何者だ?」
「悪魔だ人間だと拘るから、ややこしいことになるのよ。シンプルに考えればいいのに」
「悪魔・・・憑き・・か?」
雪男は指先一つ動かせなかった。亜栖磨の瞳に魅入られていた。
「半魔半人は、あなたの兄だけではないわ。むしろ、多いのよ。あなたは知っているでしょう?祓魔師ですものね?」
「・・・悪魔め・・・、目的は兄さんか・・・」
身体を動かそうと必死になりながら、雪男は声を絞り出す。
「・・・そうだと言ったら・・どうするの?」
無理やり腕を動かす。握られた銃の銃口を亜栖磨に向ける。
「兄さんに手出しはさせない」
亜栖磨が顔を顰める。
「バカバカしい。本当に・・・こういうのをウザいって言うのよね・・・」
「鍵、預けるわ。これ、書物庫の鍵よ」
亜栖磨が立ち上がる。いつの間にか弁当箱はしまわれていた。
「次に逢う時は・・・もう少しシンプルに考えられる人になってて欲しいなぁ・・・」
作り物ではない笑いを浮かべる。
雪男の緊張が解けると同時に引き金を絞ったが、彼女には当たらなかった。
「結界を解く前でよかったわね。こんな中庭の真ん中で銃なんて使ったら、一般生徒に見つかっちゃうわよ・・・・・。注意力散漫〜」
鼻歌でも歌いだしそうな亜栖磨を雪男は睨みつけた。
まるで幻のように亜栖磨の後姿が歪んで失せると、学園内の喧騒が戻ってきた。否、喧騒が失せていたことにすら気付きもしなかった。
それを悟らせない、それだけの力を持った悪魔憑きが学内を徘徊していることに、雪男は危機感を覚えた。彼女が何を考えて、何をなそうとしているのか・・・。
知らず震えていた腕を擦る。
「無雲・・亜栖磨・・・君は一体・・・」
未知なる物への恐怖・・・、雪男は自分の上司へとまず確認を取った。



『無雲亜栖磨が悪魔憑き?・・・それは興味深い。彼女の身元はかなり確かな物です。いずれかの組織に属する諜報員・・・というわけですな。・・ふむ。それは此方で調べておきましょう。ああ、それから。・・奥村先生。先日の奥村櫂なる人物のことですが、既に亡くなっていました。彼は四大騎士の一人だったようです。16年も前のことですが・・・』
メフィストは資料を送っておきますねと言って電話を切った。
その後は何度賭けても電源を切っているらしく繋がらない。
絶対にあの悪魔が何か企んでいる。そして、雪男にそれを止める手立てはない。
しかし、その中心にはおそらく自分の兄が据えられている。
そう考えると誰を頼ればいいのか、まったくもって自分には養父以外の信頼に足る人物が居なかったことに愕然とした。
悪魔として覚醒した彼の兄はあらゆる者に狙われる可能性がある。
それは、悪魔であり、人間でもある。
誰もが魔神サタンの力を欲して、彼の兄を利用しようとしている。
無雲亜栖磨もその一人なのだろうか・・・。
・・それは違うように思えた。
その奇妙な言動に惑わされているだけなのだろうか。
そして、未だ雪男は会ったことのない『奥村櫂』なる人物。
苦労症の弟は胃の辺りが重くなる不快感に歯噛みした。

2011/09/19

コメント:
久々の更新です。ちょっとどうしようかなーと考えながら、進めてます。お尻は決まってるのですが、キャラ動かねぇ・・・(笑)そして、今回も雪男のターン。
雪男は心配性です。お兄ちゃんの半分くらいお気楽さ加減が欲しいですね。つぎは、櫂と燐のお話だ。そろそろバトりたい心境・・・。



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