虚無界へGo

よくあることだが、扉を開けるとそこは温泉だった。
「なんで??」
燐の居る正十字学園男子寮旧棟は、結構、色々な場所が歪んでいる。
メフィスト曰く、鍵を使ってあらゆるところに繋がる空間を作り出す歪みを、この旧男子寮の中に閉じ込めているのだそうだ。
故に燐たちの居住している処以外は迂闊に足を踏み入れると、大変なことになりますので肝に銘じて置いてくださいねと言われている。
しかし、燐は寝惚けてよく自室と間違えた扉を開けては、よく分からないところに繋がった扉から一歩出ようとして死にそうな思いをしたことも一度や二度ではない。
「えっ??えっ??ええぇっ??」
きょろきょろ。
ブリザード吹きすさぶ極寒の森、マグマの煮え滾る火口よりは全然マシだ。
・・・というより、天国だ。
TVで見たことのある露天風呂が目の前にある。
『ああ、こんなのに入って身体伸ばせたら、気持ちいいだろうなぁ・・』
燐はうっとりと扉から一歩足を踏み出した。
それから、こっそりと何度かその扉を使用していた、燐だった。





そんなある日のこと、燐はいつものように寮の自分の部屋を出て、ウコバクの用意した朝飯を食べるために食堂へ向かおうとして扉を開けた。
すると、そこは寮の廊下ではなく、旅館の玄関だった。
「いらっしゃいませ、若君」
テレビでよく見る青いハッピを来た、これまたよく見た顔が笑って出迎える。
「白鳥?・・・じゃなくて、・・・アスタロト・・か?」
「はい、若君」
溌溂とした返事にげんなりしつつ、燐は深く溜息を吐いた。
「それで、ここは、何処なんだ?」
扉から一歩出ると背後でパタンと扉が閉まった。
「げっ・・・」
後ろを振り返るともうそこには何もなかった。
「若君、どうぞこちらへ」
右手を取られてぐいぐいと引っ張られる。
「なっ、なんだよ。何処へ連れてく気だ、アスタロト」
「私、この旅館の番頭をしておりまして」
「はぁ?!」
全然疑問に答えてもらえないまま、燐はずるずるとアスタロトに引かれて行く。
「私がこの旅館を任された初めてのお客様には、是非、若君になっていただきたく」
スキップしそうに楽しげな言葉に、燐の顔が歪む。
「手前の宿自慢なんか知るかぁ!!」
さて、問題です。
その宿は何処にあるのですか?



その頃、寮に戻ってきた雪男は、食堂に冷め切った配膳が残っていた。
不思議に思うが、雪男は残念ながらウコバクの言葉が分からない。
自分達の部屋に帰っても、兄が居ないことを知ると深い溜息をついた。
脱ごうと思った祓魔師のコートをそのままに、銃の装弾をチェックする。
対悪魔用で一番効果を発揮する聖銀の弾頭を確認した。
雪男はニヤリと笑った。それを見たクロがあまりに恐ろしさに悲鳴を上げて逃げ出した。
「兄さんは、どこですか?」



雪男が一人呟いた頃、メフィストは理事長として仕事をこなしていた。
たまには、まともに仕事をしてくださいと秘書(使い魔)に泣付かれて、しぶしぶとゲームのコントローラーから手を離したのが一時間前。
「はぁ・・・ハニハニの新作は、はつみちゃんとメローヌちゃんがむふふして、ぐちゃんぐちゃんなキャットファイトをするというのに・・・私は一体何をしているのでしょうかねぇ」
いろいろNGな単語が飛び交ったように思うのですが、華麗にスルーして置きますね、理事長。さて、意外と真面目に書類を読んではサインをしていくという単調な作業をかれこれ二時間ほどしていたので、そろそろ理事長の集中力も切れ気味です。
「はぁぁぁ、奥村君の作ったスイーツが食べたい。今日のような陽気なら、冷たいものでしょうか。梅酒のクラッシュゼリーなんか、いいですね」
室温24度に保たれたちょっと寒いんじゃないの?といった体感温の中、メフィストはぐでんと仕事机に懐く。
「ファウスト様。いい大人のすることではございませんよ。もう少し威厳を持った態度で居ていただかないと、人間達に示しがつきません」
「お前と私だけの空間に人間が入り込めるわけがなかろう」
ぐでんぐでんとだらしない格好のメフィストを諌める使い魔が口を開くのと同時くらいに、開かないはずの扉が勢いよく開いた。・・・というか、蹴破られた。メフィストの張った結界ごと。
・・・秘書の格好をした使い魔が臨戦態勢を取る。
「待て」
敵意を隠さない相手に踊りかかろうとしたのをメフィストが制止した。
まさに手にしたナイフを相手の喉下に叩き込もうとした使い魔の動きがピタリと止まる。
「このような突然のご訪問、あなたらしくありませんね。奥村先生」
真意を見せない笑みを浮かべて雪男の訪問を歓待した。
「挨拶は結構。兄は何処ですか?」
「奥村君・・ですか?」
「兄は何処に居ますか?」
「あの・・どうも要領を得ないのですが・・・」
「・・・・・、兄が寮に居ません。僕が帰ってくる前・・・朝から居なくなったようです」
メフィストはちらりと時計に視線を流した。
「お散歩・・ということは考えられませんか?」
「朝ごはんも食べずにですか?兄において、それはありえません」
にべもなく言い捨てる。
「ご飯を食べていない・・・」
メフィストはふむ・・・と考え込み、それから指をぱちんと鳴らした。
何もない空間から竃の悪魔が喚び出される。
『ご主人様?』
「ウコバク、奥村君はいつから寮に居ないのだ?」
『昨夜は晩ご飯を食べに来ました。・・・私は調理室から出ませんので、翌朝、朝ごはんを
食べに来なかったこと位しか・・・』
ウコバクは真剣に考えて思い当たったことを口にしてみた。
『・・あの・・・、奥村燐の行動とは関係ないかもしれませんが、一時、ほんの一時ですが・・・『腐の王』様の気配が・・・』
ウコバクは恐る恐るメフィストを見上げた。
帽子のつばの影でペリドットの瞳が殺意を込めて光るのを見てしまった。
「・・・『腐の王』・・・、この私の目の前から『アレ』を掠め取ろうとは、いい度胸だ」
うめくように呟いた声は掠れていた。些細な声であったが、それは雪男にも届いた。
既にウコバクは避難している。秘書の使い魔もまた、置物に徹して嵐が過ぎ去るのをひたすらに待っていた。
「『腐の王』ですって?!兄さんは八候王に連れ去られたんですか?」
「あの腐れ野郎、殺してもいいですか??」
「アマイモン?!」
胡乱な目つきでぼそりと呟いた『地の王』は、いつの間にかメフィストの後ろに立っていた。
「とりあえず、寮に行きましょう。そこに痕跡があるはずです」
アマイモンの無限の鍵ですぐさま正十字学園旧男子寮へと向かう。
「だいたい、フェレス卿。貴方の結界って、ざるなんですか?もっと穴が大きいのかな?実は網もかかってなくて既に枠とか言いませんか?」
「兄上、こいつ、五月蝿いです。殺してもいいですか?」
奥村兄弟の部屋についてから、ずっと雪男はメフィストを責め続けた。
その小姑的な物言いにうんざりしたアマイモンが雪男を指差して尋ねる。
「・・・燐が悲しむから、我慢しなさい」
一瞬、許可を出そうかと考えたが、脳裏に燐の悲しむ顔がくっきりと浮かんで、理事長がうんざりと応える。
二人の悪魔は辟易していた。ただの人間である雪男に。
「ちっ。命拾いしたな、人間」
「僕が、ですか?君の間違いじゃないのかな?」
天才祓魔師は不敵に笑いながら銃を構える。
「いい度胸です。久しくお前のように自信過剰な祓魔師には合わなかった。今すぐ、殺り合おうじゃないですか」
アマイモンが黒い爪を伸ばしてにたりと嗤う。
「兄さんに集るゴミが一匹排除できそうですね」
悪魔に負けない冷酷な笑みを浮かべる雪男が初弾の装填を完了するのと、アマイモンが目を抉ろうとするのは、ほぼ同時だった。
「はい、そこまで」
いつの間にか理事長が、二人の攻戦距離に立ち雪男の銃口にシルクハットを、アマイモンの眉間にステッキの先を突きつけていた。
「あなた方が喧嘩していてどうするのですか?今、我々の敵はあそこにいるのですよ」
メフィストがくいと顎で示した先には、赤黒い空間へ繋がる扉が開いていた。
「これは・・・なんですか?なんで僕達の部屋に・・・こんな物が・・・」
「それは、まぁ、『腐の王』の仕業でしょうね」
『あの腐れやろうが・・・』心底、アスタロトのことを嫌っているアマイモンが胡乱な目つきに殺気を込める。
「まったく、世話の焼ける弟達だ」
メフィストは深く溜息を吐く。
「奥村先生、この先はどうやら虚無界のようなのですが・・・いかがされます?」
「虚無界・・・・、兄さんがそこにいるのなら、僕は何処へでも出向きます」
「では、行きましょうか」

2011/09/11


コメント:
40000Hitありがとうございます。やはりキリ番記念はバトロイが良いかと思い、学園を飛び出してみました。続き物ですみません。なるべく早く、続きも上げます。でも、本当にアスタロトはメフィストとアマイモンに嫌われてます。可哀想な奴・・・。ファイル名は「虚無界温泉にようこそ」だったりします(笑)


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