ある日の喧嘩

さっき僕が部屋を出ようとしたとき、兄さんが僕の背に向けてこういった。
「お前は俺のこと、ばかばか言うけどな、馬鹿は馬鹿なりに考えてるんだよ」
考えているように見えないけどね。
だって、そうでしょ。
昔からそうだよね。兄さん、中学校サボりまくってるし、学校に来てないから授業が全然理解できてないし。
義務教育だから卒業できたけど、これが高校ともなれば、
このままだと絶対に二年生になんて永久になれないよ。
・・・はぁ。
兄弟としてちょっと恥ずかしいから、勉強は見てあげるけどね。
でも、昼の学校もダメ、祓魔塾の授業もダメ・・・でどうする気なの?
運転免許と一緒で、実技が良くても、学科で落ちたら祓魔師になれないよ。
ねぇ、兄さん。

そもそも現在、兄さんとは冷戦中だ。
先程、「今日はお前の飯は作らねぇ」と宣言されたばかりだ。
兄さんはご飯を抜くことが懲罰になると信じて疑わない。
いや、多分、兄さんなら罰になりうるかも。
まぁ、僕には全く意味がないんだけどね。任務に赴けば食事を抜くこともあるし、一食位食べなくても別に構わない。
ほんとうに、考えが浅はかというか・・・自分の主観ありきなんだよね、兄さんは。
三食きちんと食べないといけないと強迫観念に囚われてる節がある。
確かに、兄さんは痩せの大食いで。三食食べないと空腹のあまり、道端に倒れてたりする可能性がないこともない。
昔は不思議に思ったけど、今は、兄さんの悪魔としての力が必要以上の体力を使わせているせいだろうと当たりをつけてる。
悪魔として覚醒する以前の兄さんは、喧嘩っ早くて、生傷が耐えなかった。力の加減もできないし、良く修道院の物を壊したりもしていた。
普通、力が強いといっても毎日使うものに対してなら、力加減を学習できる物だが、
兄さんにはいつまで経ってもそれが出来なかった。
そのうちに僕は祓魔師としての訓練が始まり、兄さんのことを見ている暇がなくなった。
気が付いたときには、兄さんは今の兄さんになっていた。
僕の憧れた強いけど優しい兄さんではなくなっていた。
・・・それがどれほど僕の心に恐怖を植えつけたのか、教えてやりたい。あの尖った耳や牙や尻尾のある、兄と似て非なる悪魔は、僕の本当の兄の存在を喰らってしまったのではないか。兄の振りをしているが、兄ではないのかもしれない。
常にそんなことを考えていた。だが、接すれば、接するほど、あのアホ兄であるという事実のみが残る。
それに安堵する自分がいる。

常にその背を見つめてきた。
兄さんは幼い頃、一度悪魔に浚われそうになったことがあった。
兄さんの蒼い瞳がいつもより深く怪しく輝いていた。
悪魔と話していた。魔障を受けていないはずの兄さんが、悪魔と話せるはずがない。
僕が知らない兄さんなんて、いらない。
僕がそう思ったとき、突然悪魔の姿が消えて、兄さんは僕を振り向いた。
「なんだよ、雪男。そんなとこに突っ立って・・・」
「兄さん、兄さんは何処にも行かないで」
僕は不安で一杯になって、兄さんに飛びついた。同じ背格好の僕たちだから、少し兄さんはよろけたけど受け止めてくれた。
「どうしたんだ?雪男。また、苛められたのか?」
「ううん、違うよ。兄さん、今、誰かとお話してた?」
「いや。誰もいないだろ、ここ」
きょとんとした兄さんの顔に嘘を見つけることが出来なくて、僕はやっと安心する。


ごとん。
目の前に湯気の立つカレーライスが置かれた。
僕は目を見張ってから、脇に立つエプロン姿の兄を見上げた。
「なに、これ?」
「お前の夜食だ」
腕組みして言い放つ兄さんのドヤ顔にどっと疲れる。
「僕はご飯抜きだったはずだけど?」
「そ・・それは・・、晩御飯だろ」
これは夜食だ。きっぱり言い放つ。
食事を平気で抜こうとしている僕を心配してくれているんだろう。
僕は兄さんを誤解している。・・・この頃、兄さんのことを理解できないときがある。
それが不安となって、兄さんへの暴言として出てしまっている。
自覚しているんだけど、ゴメンネ。兄さん。僕は力を抜いた。メガネを脇に置いてスプーンを手に取る。
「いただきます」
「おう。じゃ、食べ終わったらシンクに漬けとけよ。カレーは乾くと洗いづらいからな」
「分かってます。・・兄さん、ありがとう」
「じゃ、俺は寝るぞ」
一口掬って口に運ぶ。
さっきの喧嘩ですら、瞬間湯沸かし器の兄さんをほんの少しの間怒らせるだけ。
もう何の理由で喧嘩していたのかすら、兄さんの頭にはないんじゃないだろうか。
はあ・・・。
今日の喧嘩・・・。
晩御飯、何にするかだったはずなんだけど。
兄さんの主張、すき焼き。僕の主張、カレーライス。
そんなことも忘れたの?ばかな兄さん。
ラッキョウ派の僕のために小粒の白いのがころころしている。
少しピリ辛なポークカレー。
僕は深く安らかな笑みを刻みながら、もくもくとカレーを平らげた。

2011/05/06

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