0.愚者 または The Fool

捲られたカードは正位置の『THE FOOL』。
「誰のためでもない、一度きりの人生です」


燐はその日、弟に何も告げずに旅立った。
「良かったんですか?」
ロリポップを口の中で回しながら、アマイモンが尋ねる。
「いいんだよ。聖騎士の位は返上したし、そもそも、サタンをぶん殴るのが俺の当初の目的だし」
上機嫌で燐は倶利伽羅に変わって手に入れた神剣・草薙の剣を背に負っている。
「父上を殴る・・・。いつもながら燐の考えは突拍子もない」
「なんだよ、無理だってのか??」
「そうは言っていません。しかし、・・・容易いことでもありません」
「ちぇっ、お前は本当のことしか言わないから、たまにムカつく」
アマイモンは嗤った。
「褒めても何も出ませんよ。あ、このロリポップをあげましょうか?」
口の中でもごもごしているロリポップはストロベリーミルク味。
「お前の口の中のものなら、お・こ・と・わ・り、だ」
「おや、残念」
無表情のアマイモンはさして残念そうでもなく、ふふっと口元だけで笑う。
「本気でムカついてきた、一発殴らせろ」
横に並んで空を飛んでいた燐が左腕を振り上げる。
「燐は優しいですね。先に断ってから殴るなんて。避けてくれと言っているも同然ですよ」
「はっ、屁理屈捏ねてると本当に殴るぞ」
「実際、殴らないじゃないですか」
「うっせー」
むくれて唇を尖らせる燐に、感情を浮かべることの少ない水色の瞳が優しさに熔ける。
「本当に、燐は優しい」
『弟を置いていく、虚無界に来れないただの人間の弟を。優しすぎです』そして。
「その代わりに僕を連れて行く。兄上ではなく、僕を」
それがこんなに嬉しい。無表情な顔のしたで、胸の中が暖かくなる。
悪魔の自分のこの胸に灯った焔の色はきっと美しい蒼だろう。そう、目の前にいる彼の蒼。
「なんだよ、人のこと凝視して。そんなにいい男か?俺」
昔ジジィが言ってたなぁ・・・などと思いながらにやりと嗤うと、知らぬふりでアマイモンは飴の棒を吐き出した。
「そうですね。見惚れるほどのいい男、です」
「うわっ、ひっでぇ棒読み」
「は、は、は、はっ」
燐が渋い顔でアマイモンを睨む。
「睨んでいるところ失礼しますが、・・・」
「なんだよ」
「そろそろ、ゲヘナゲートが見えてきます」
足元にはその昔魔神が藤本神父に憑依した時よりも巨大なゲートがあった。
「アレは・・・何を贄にしたんだ?」
「さぁ、詳しいところは僕は聞いていないので」
「じゃ、アレは誰が作ったんだ?昔、サタンの奴が言ってたぞ。ゲヘナゲートは奴しか作れないって」
「誰でも作れますよ、悪魔なら」
「へ?」
「ああ、父上に騙されましたね。あの方は良く、そういう冗談を言うんですよ」
「じょ・・・冗談・・・」
「ええ。本当に困った方です」
「困ったで、すむかぁぁッ!!!!!」
アマイモンがゲートめがけて降下し始めたので、燐もそれに従う。
「あと、手をつないでください」
燐を振り向きざま、手を差し伸べるアマイモン。
「な、なんでだよ」
「ゲヘナゲートの中は虚数空間といって、何もない場所です。何もないところに異物が混入すると、それを排除しようと空間が作用します」
「・・・どうなるんだ?」
ちょっとビビリ気味の燐の顔を見て、『地の王』はニタリと嗤った。
「残念ながら、どうにもなりません」
「はぁ?」
「はっはっはっはっ♪物質界か虚無界へ弾き出されます。ただし、その時間は現在の時間とは違うかもしれません。千年前か一万年後か。虚無界と物質界の時間の流れはほぼ同様ですが、虚数空間を介した界渡りは、非常にリスクを伴います。しかし、アレがあれば、人間でも虚無界に行ける」
「おい、何を言ってるんだ?アマイモン」
「誰のためでもない、ただ一度だけの人生。彼は僕にそういい残しました」
「・・・何・・を・・・言って・る?」
燐の表情が強張る。薄い水色の瞳にその顔が映っている。
泣きそうに歪んだ燐の顔が。
「ま・さ・か・・」
「君の弟は、君の期待を裏切らない。だからこそ、腹立たしい・・・」
名前を口にすることすら腹立たしいとアマイモンは口元を歪める。
「燐。君が弟に告げずに来たのと同じ頃、君の弟も兄である君に何も告げずにここへやってきた。数多の悪魔どもを屠り、己の血脈と交わらせ、見事なゲヘナゲートを作り出した」
「雪男が・・・これを・・・?」
「息があれば、先に虚無界にいるかもしれませんよ」
「馬鹿野郎…」
「さて、我々もぐずぐずしてはおれません。せっかく、弟君が作ってくれたゲートです。父上をぶん殴るという目的のためにも、いざ、逝きましょうか・・・」

2011/07/13


拍手、ありがとうございます。とうとう20000Hitです。3ヶ月足らずでこんなにたくさんの方々に遊びに来て頂き感謝致します。今回はアマ燐風味。感想など気軽にコメント下さい。宜しくお願いします〜。



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