バトロイ、みたび。

メフィストが血相を変えて理事長室を飛び出していく。
正十字学園の理事長はちょっと変な格好をしていて、奇行が激しいが冷静沈着を旨に人を食った笑いを浮かべているのが常の男だ。
廊下を全力疾走などしているのを見ることはまずない・・・はずだ。

一陣の風のごとく走り去った理事長の残像を見た。
「坊、今、理事長はんが走り去ったように思うたんやけど、幻やったやろか?」
志摩がのほほんと前を行く勝呂に尋ねる。
「あー、今の理事長やったか?」
「かなり、慌ててらっしゃるようでしたねぇ」
片眉あげて振り返った勝呂とその隣を歩いていた子猫丸が志摩に答える。
「あの人でもあないに慌てることがあるんやね。・・何、血相変えてたんでしょうかね?」
「・・・・理事長が慌てる原因かぁ・・、一つ心当たりはあるが・・・まぁ、あいつのことなら若先生がなんとかするやろう」
「はぁ・・」
「理事長が走り去ったの、調理実習室の方向だしな」
「ああ、なるほど」
実はつい先程まで三人は奥村屋でワンコインランチを戴いてきたところだ。
今日はしえみが祓魔屋で忙しいとかで新顔が配膳をしていた。
「あいつ、なんか、前と違う感じがしたんやけど・・な」
勝呂はうそ臭い笑みを浮かべていた同学年の青年を思い出す。
白鳥零二と名乗った、かなりな資産家の一人息子らしい。
・・奥村燐との接点が全くなさそうなその男の底冷えのする紅い目が気になった。
「逢うたことありましたか?あいつ」
志摩には覚えがなく、子猫丸を見るも彼も首を横に振る。
「遠目でちぃーとな」
『その時はあないな感じやなかったような・・・』勝呂は自分と同様目立つ外見の白鳥をたまに見かけたことがあった。何処にでもいる不良の一人、それが白鳥に感じた印象だった。だが、今日、『奥村屋』にいたあいつは、風貌は変わらないものの、中身がごっそりと変わったのではないかと思った。
「印象とかそんな生易しいものじゃない。ありゃ、人格が変わった・・いわば二重人格めいてる・・・、そないなもんや」
勝呂たちは昼休み明けの授業で教室移動があるため、調理実習室に戻ることは出来そうもない。出来たとしても、行かないに越したことはない。なんとなく、厭な予感がした。


『奥村屋』は今日も盛況だった。
というか、今日はいつも以上に盛況だった。
なぜか、女生徒がたくさん来店して、入れ替わり立ち替わり・・・。普通、女生徒は長居をしていくので回転率が下がるのだが、今日は違った。
「なんでだろう?」
調理器具を洗いながら燐は首をかしげた。
基本女生徒が来るときは絶対に『奥村屋』の女生徒ホイホイ、雪男がいることが条件だ。
今日はその雪男も来ていない。
「いらっしゃいませ」
また、一組。女の子二人で入ってきた。声をかけたのは、白鳥・・・もといアスタロトだ。
「ご注文は?」
「日替わり定食とこの特製カレーを一つずつ」
「かしこまりました」
深々と腰を折る白鳥に、女生徒達は顔を紅くしている。
「・・・なるほど、あいつのおかげか」
「若君、オーダーです」
「あいよ」
馬鹿丁寧なその物腰と柔らかい雰囲気に騙されている。
「お前、本当に外面いいよな」
料理をしながら燐が感心している。
「お褒めいただき光栄です。ですが、それは私というよりは、この白鳥零二がということでしょう」
「えぇ?!白鳥ってもてるの?」
「女には事欠いてなかったようですね」
・・・なんて羨ましい。
「若君も女なら選り取り見取りでしょう?」
不思議そうにアスタロトが言う。
「はっ?!」
燐は終ぞ聞いたことのない単語を耳にして料理の手を止めた。
「どうかされましたか?」
アスタロトはうっとりとした目で燐を見つめる。
「いや、俺・・・もてたことなんてないから」
「お戯れを・・・」
燐は不貞腐れたようにそっぽを向いて、料理を再開する。
手早く定食を作り、カレーを盛り付ける。
「出来たぞ、アス・・じゃない。白鳥」
「はい、ありがとうございます」
耳が赤くなっている燐にくすっと笑った。
「お待たせいたしました」
注文の品を女生徒のテーブルへサーブして、帰ってくるアスタロトは燐に囁いた。
「貴方ほど魅力的な方はいらっしゃいませんよ。若君は自信をお持ちになるべきです」
「えっ?!何言ってるんだよ、アスタロト」
「もうお時間もないようですが、まだ此方は続けるのですか?」
時計を見上げると昼休みもそろそろ終わりそうだ。
「アスタロト、お前、カレーで良い?」
「私にも食事を饗して下さるのですか?」
食材の残り具合で尋ねた何気ないことだったのだが、アスタロトが大げさに驚くものだから燐は困惑した。
「あたりまえだろう。バイト代だよ、今日は助かった。しえみも雪男も来なくって、どうしようかと思ったぜ」
普通科だけではなく、特進科にも人気の『奥村屋』なので、営業日は臨休に出来ないのだ。
「ごちそうさま、今日も美味しかったよぉ、奥村君」
女生徒が燐に声を掛けていく。
「ありがとう。また、来てくれよな」
頬を紅潮させて応える燐を柔らかい視線でアスタロトが見ている。
「勿論。次の開店日にも、ちゃんと来るよ。次の日替わりが楽しみ」
笑顔を残して去っていく客達に、趣味とはいえ料理の腕を存分に奮えて満足する燐。
アスタロトに調理実習室の扉に『CLOSE』の看板をかけてもらうよう頼む。
「さてと・・・」
『俺達もちゃっちゃと食べちゃおうぜ』とばかりに、大盛りのカレーに定食のカツをトッピングする。
「ほら、アスタロトの分」
「ありがとうございます」
自分の分をよそって、さあ食べるぞぅとスプーンを振り上げたところに、扉を蹴破る音が響いた。
「なにごと?」
扉の方を見ると仁王立ちした白いシルクハット、白いスワローテイルの上着に白い半ズボン、派手なタイツと編み上げブーツに白マント。アップリケのある蝙蝠傘もきちんと握り締めている。
いつもと違うのは半泣きなのに凄い形相で怒っていることだろうか。
「どうしたんだ?そんなに慌てて」
「・・・ぶ・・無事ですか?!奥村君」
「・・・・・・見ての通り、だけど?」
『お前、なんでそんなに息を切らしてんだよ』スプーンを傍らに置き、メフィストに近寄る。傍まで来た燐をぎゅっと抱きしめて、燐と差し向かいで食事をしようとしていた『腐の王』を睨みつける。
「不穏な気配を追ってくれば、何故、貴様がここにいる『腐の王』」
地を這うような問いにアスタロトは嗤った。
「若君に料理人の真似事をさせている放蕩者に応える筋合いはない」
「奥村君の崇高な趣味を貴様ごときが糾弾するな。彼のミソスープの至高の味を!!」
「燐は何を作ってもおいしいですよ」
「アマイモン!!」
アスタロトの前にあった筈の大盛りカツカレーはすでにアマイモンの口の中。
もっちゃもっちゃと咀嚼したかと思えば、ごっくんと飲み下した。・・・それで味が分かるのか?アマイモン。
「おい、勝手に食うなよ。アスタロトは『奥村屋』を手伝ってくれたんだぞ」
ものすごい力で抱きしめられていて、メフィストの腕から抜け出せず、じたばたしている燐がアマイモンを批難する。
「そうです、なんで今日、『奥村屋』が開店してるんですか?!私は、日替わり定食を食べ損ねたじゃないですか」
『お前の怒りの原点はそこかー!!』メフィストの言い分に、力が抜ける燐だった。
「杜山さんも奥村先生もいないというのに、奥村君がひとりで『奥村屋』を開店させるなんて・・・。酷いです。一言、私に言ってくれさえすれば、マイお碗持参で定時にここに来ましたのに・・・」
そうだった。メフィストは普段ジャンクフードしか食べないし、自分で作らせれば毒しか作らないし、舌がイカレているのだと認識していたのだが、なぜか燐の作る食事は美味しい美味しいと平らげるのだ。それが高じて、『奥村屋』開店時はマイ箸、マイお椀持参で日替わり定食を食べ、味噌汁を三杯おかわりする。そもそも、メフィストが後見人としての役目をきちんと果たして最低限の生活水準が保てる生活費を与えていれば『奥村屋』など開店しなくてもいいというのに。何かが間違っていると、常々燐は思っていた。
「味噌汁くらいなら余ってるから、よそってやるよ。どうせ持ってきたんだろ?お椀」
「奥村くーん」
ぎゅぎゅぅう。感極まったメフィストに抱き潰されて、息も絶え絶えの燐を救ったのはアスタロトだった。
「若君が嫌がっていらっしゃるのが分からんのか、この痴れ者が」
「言わせておけば・・・。そもそも貴様がこの結界内にいること自体がおかしい。さっさと虚無界へ帰れ。聖騎士にリヴァイアサンの虚空海まで堕とさせたと聞きましたが?」
「ははっ、あれは若君に気を取られて・・・」
「八候王の一角ともあろう者が人間ごときに油断をした、と?」
「五月蝿い。貴様こそ、結界が緩いからこそ、私がこうしてこの者に憑依出来ているのだろうが。このような結界、いつ瓦解しても不思議ではないわ。これでは他の八候王達も出入り自由なのではないか?」
『地の王』もここにいるしな。アマイモンを指し示す。
「僕は兄上の許可を頂いていますから、出入り自由でも問題なしです」
燐のカレーにまで手を出しているアマイモンは、もきゅもきゅと咀嚼の合間に答える。
「『腐の王』よ。あまり私を怒らせるな」
「メフィストフェレス、貴様こそ、まず若君から離れろ。この道化師が」
「てめぇら、いい加減にしろよ。ジジィのことを馬鹿にしてんじゃねぇ」
燐の地雷は結構前に踏まれていた。
虚無界の底から響いてくるような声で、後見人と腐の王を萎縮させる。
「アスタロト、メフィスト、そこに正座」
「はっ」
「わ・・私もですか?!」
「正座、しろ。メフィスト」
眼が据わってます。透明度の高い蒼の双
眸が燐光すら放っている。
魔神より怖いかもしれない。
「アマイモン、お前もだ。ここに正座」
「はぁい」
メフィストが八候王二人に挟まれるように三人仲良く並んで床に正座する。体格の悪くない三人が並んで正座している様は、見ていて暑苦しい。
「アスタロト、お前、帰れ」
「若君・・・」
承服しかねると声を上げるアスタロトに、にべもなく燐はもう一度言い放つ。
「取り敢えず帰れ。話がややこしくなる」
「・・・はい」
どさっと音を立てて白鳥の身体が横たわる。
「じゃ、メフィスト」
「なんです?」
「お前に何が効くのか考えたんだけど・・・」
「考えたんだけど??」
「お前、二度と『奥村屋』に来るな」
「!!!」
「あ、兄上が石化した。凄いです、燐。兄上に石化の魔法をかけたのですか?」
「五月蝿いぞ、アマイモン」
「はぁい」
「二度と来るな・・・と言いたいところだが、まぁ、お前、俺が目を離すとジャンクフードしか食わないし、弟にもそれしか与えないし。それじゃ、俺の寝覚めも悪いしな。一月で赦してやるよ」
「・・・ひ・・一月・・・」
いつもはピンと元気なくせっ毛がしなしなと萎れた。
『奥村君のミソスープが、ミソスープが・・・』うわ言のように呟きながらメフィストが仰向けに倒れる。
「兄上ぇ。大丈夫ですかぁ?」
「大丈夫なわけあるか・・・」
しっかりと大悪魔の胃袋を掴んだ燐に勝てるわけがない。
「アマイモン、お前も、他人の飯に手を出すなよ。まるで俺が食わせてないみたいじゃないか」
「美味しかったですよ、カレー。カツもサクサクでした」
「はいはいはい。褒められて悪い気はしないけどな。それでも、俺がアスタロトのために用意した物を食べたお前にも罰は必要だ」
「なんです?」
アマイモンが先を促したが、燐は逡巡している。
無表情ながら小首を傾げている仕草がちょっとツボだったらしい燐は、鼻の頭を赤くしながらぼそりと言い渡した。
「お前は、しばらく、ちゅー禁止だ」
その言葉はメフィストをなお石化させたことは言うまでもない。
タイムリーに昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「やべ、次、移動教室だった」
燐が慌てて駆け出す。悪魔三人はそのまま放置だ。・・・というか、白鳥、お前も次の授業があるんじゃないのか?
『あ、忘れるところだった。管理人から言われてたんだ。
20000Hit、25000Hit、ありがとうございます。
これからも頑張って俺を幸せにしたいと思いますって言ってた。
俺からも、ありがとうございます』
振り返った燐はそれだけ言うと、教室に向けて走り去った。

おちなし、いみなし。

あ、雪男がいない(笑)

2011/07/27

コメント:
大変お待たせいたしました。皆さんの期待したような話になったかどうかが心配ですが、こんな感じになりました。これ以上、バトロイは書けそうもないです。だって、アスタロトとメフィストが口喧嘩するだけで、行を食う。管理人は楽しいですが、読み手が楽しいとは思えないです。どうでしょうか?(笑)

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