グリモアと奥村櫂の関係

発端は燐が持ってきた一冊の本だった。
寮の自室でいつものようにだらしなくベッドで本を読んでいる兄を嗜めようとして、読んでいる本が漫画でないことに驚いた雪男は兄の読んでいる本が聖書であることに二重に驚く。しかも、細かく手書きの注釈までついている。
『ああ、とうとう、兄さんがやる気を出してくれた・・・』
弟として兄の成長を嬉しく思っていたところ、ふと、手書きの文字が兄のものでないことに気付く。
「兄さん、その本、どうしたの?」
「友達に借りたー」
「勝呂君?」
「違う。本屋の兄ちゃん。つい最近、仲良くなったんだ」
「本屋?・・・どこの?」
一応、兄は悪魔で監視対象だから、その行動範囲は把握しておきたい。
「北十字商店街の外れの『奥村堂』って古本屋」
「はい??」
「櫂さんっていうんだ」
のんびりとした口調で燐が本を捲りながら告げる。
『待て待て待てぇぇぇ・・・』雪男は動揺を押し隠して、再度、兄に尋ねた。
「北十字商店街の外れって、あの空き地のことじゃないよね?」
「空き地?」
「兄さんの言ってる場所って、この間の廃校舎跡のところでしょう?」
「えっ?」
今度こそ燐も顔を顰めて弟を見返す。
「・・・う・・そ・・・」
「兄さんに嘘を言って、僕に何の得があるの?」
「それもそうか・・・。って、あそこ、この前燃えたトコなのか?」
「多分・・。方向的にはあってると思う。明日確かめに行ってみるよ」
「・・えっ・・でも、・・・それじゃ、櫂さんは・・・」
「僕はその櫂さんって人に逢ってないから何ともいえないけど、その人、どんな人なの?」
「・・んーとっ、雪男に似てる」
『あ、今、馬鹿にしただろう』燐はそういうことに敏感だ。というより、雪男は呆れ果てていただけなのだが。
『どうしたら兄さんに知らない人を簡単に信じちゃダメだって覚えてもらえるんだろう』
「その他には?」
溜息をつきながら雪男は悩んでいる燐の顔を見る。
「んー、優しい人だよ。俺に色々と教えてくれる」
「あ、この頃、塾の成績が良くなってきたのって・・・」
雪男も気付く。つい最近、燐の成績が上がり調子で、やっと、色々な勉強に身が入るようになったんだな・・と思っていたのだが、どうやらその櫂という人物の影響だったらしい。
「兄さん、明日もその古本屋さんに行くよね?僕も一緒に行ってもいいかな?」
「一緒に?・・いいけど・、なんで?」
『っつうか、さっき確かめに行ってみるとか言ってなかったか?』雪男が何を考えているのか分からず首を傾げる。



翌日。
「あれ?」
燐が立ち尽くすそこには店がなかった。
「本当に、ここなの?」
「おう」
『・・俺、狐にでも化かされたのか?』燐は胸の中で呟く。
店がなかったどころか、瓦礫の山だった。
つまり、そこは雪男の記憶どおり、あの廃校舎の跡地だったのだ。
気がついたのは雪男だった。
「兄さん、あれ、なんだろう」
「どれだ?」
「ほら、あそこに本が一冊だけ・・」
弟の指差す場所に、一冊の本がある。その上に小石が乗っていて、一枚のメモがヒラヒラと風に煽られていた。
燐が取ってきたその本は羊皮紙の装丁の蒼い本だった。
そして不思議なことに鍵付きでもないその本は、燐の力をもってしても開くことが出来なかった。
表紙に刻印された文字はどうやらヘブライ文字のようだ。それはグリモアのように思える。少し考えるようにしてから弟は兄を先に帰すことにした。
本とともにあったメモにはこう書かれていた。
『燐君へ。グリモア書架、禁書目録内、無限回廊にて待つ。奥村櫂』
「何が起こっているんだ、兄さんの周りで」
そして、その背後には絶対にあの悪魔が居る。雪男はぎゅっと手にしたグリモアを握り締めた。



「そもそも、私が何をしたとおっしゃるんですか?」
手元の書類に目を通し、さらさらとサインしていく。決済書類は溜まりに溜まっていた。それはメフィストが聖地・秋○原で『マジカルぽえみぃ』のイベントに行っていたからに他ならないが、そんなことは雪男にはどうでもいいことだ。
「身に覚えがないと?」
「ございませんねぇ・・・」
じっと理事長を見つめていた雪男は踵を返した。ここにいても仕方ない。
「奥村先生」
扉に鍵を差し込もうとしたとき、背後から声を掛けられる。
「なんでしょうか?」
「グリモア書架は、そもそも、存在しないのですよ」
「は?」
「先程報告いただいた、メモの件です。グリモア書架、禁書目録、無限回廊。すべて日本支部には存在しません」
「では、何処にあるのですか?」
「そうですねぇ・・・。バチカン本部・・です」
「バチカン本部・・ですか?先日は日本支部の書物保管庫から盗み出されたとおっしゃいませんでしたか?」
「ああ、そうでしたね。それは失礼しました。日本支部がバチカンより借り受けていたグリモアが盗み出されたのです」
悪びれた様子もなく、メフィストは言い直した。
雪男はじっと彼の顔を見つめる。
理事長は言葉を続けた。
「それから、この『奥村櫂』という人物ですが、取り敢えず、騎士團ほかあらゆるカルト組織と照合してみましょう。出来るだけのことは致しますが、期待はしない方がいいと思います」
「分かりました」
理事長室はメフィストのテリトリーだ。そして、彼が悪魔である限り信頼しすぎるのが危険だと雪男は思っている。しかし、いかに最年少で祓魔師になった自分でも、経験不足はどうにも補えない。そして、常に雪男自身も監視されている。
『ここは慎重に動こう』
溜息を一つ吐くと幸せが一つ逃げるというが、雪男は知らず詰めていた息を吐き出した。
「フェレス卿、この学園には中級以上の悪魔は侵入できないんですよね?」
「そうです」
サインをする手を止めて指を鳴らす。中空にティーカップが踊り、ポットから暖かい湯気の立つ紅茶が注がれる。
「私を疑っていらっしゃるのですね?奥村先生は」
「・・・ええ、疑っています。そもそも、書庫からグリモアが盗まれるという失態についてその後の貴方の行動はおかしいじゃないですか。まるで、グリモアが何処にあるのか知っているようだ。誰が持っているのか、知っているようじゃないですか」
『実際知っているんだろう?』強いまなざしが大悪魔を射抜く。
深い緑の瞳が細められる。紅茶を堪能しながら、メフィストは嗤った。
「貴方が届けてくれたこのグリモア」
先程の青い表紙の本が、メフィストの手の中で踊る。
「これはとある蒐集家が我が騎士團に寄贈してくださった物です。その方はたくさんのグリモアを集めていました。グリモアは悪魔の数だけあると言われている。一体、どれほどのグリモアがこの世に存在するかご存知ですか?」
青のグリモアの頁がメフィストの手で捲られる。燐の力でも開くことが出来なかったその本はいとも簡単に開かれることを許諾した。
「ちなみに彼の所蔵のグリモアには私のグリモアもあります」
「フェレス卿のグリモア・・・・」
「・・・というのは冗談ですが、ソロモン王の再来とまで言われた人物でしてね。ほとんどの悪魔が畏怖する唯一の人間と言えます」
『厭ですね。私が誰かに使役されるなんて。大悪魔たる私の矜持が赦しません』うっそりと嗤い、一息に紅茶の飲み干した。
「そんな人間が存在するんですか?」
好奇心に負けて雪男は尋ねた。
「存在した・・・と言われています」
「『した』?」
「湯ノ川先生がおっしゃっていたでしょう?」
「ビブリオマスター・・・」
過去『存在した』悪魔に恐れられた人間、『ビブリオマスター』。
「さて、無駄話はここまでです。もし、貴方が懸命な人間なら、『ビブリオマスター』には関わらないことをお勧めしますよ」
『自分で調べなさい』と暗に言われた気がした。雪男は一礼をして、今度こそ、理事長室を辞した。


2011/07/11

コメント:
・・・日曜日中にアプ出来ませんでした。申し訳ありません。雪男が屁理屈捏ねて動きませんでした。よほど、裏を書き渋っていることへの報復らしいです。そんな陰湿な・・・。
取りも直さず、更新いたします。まだまだ、書きたいことが書けない状況が続いてます。フラストレーションが溜まる。次回も、雪男のターンです。

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