古書店『奥村堂』の店主

燐はとある店の前で立ち止まった。
彼が立ち止まる店としては珍しい類といえる。古書店だった。
『奥村堂』と風雨に晒された看板に読める。
「こんな・・店・あったかな?」
外のワゴンには背表紙が日焼けしていて読めないものもある。
店の中には装丁の立派な本が平積みされて紐で縛られている。
「うっわー、漫画とかなさそうだなぁ〜」
ふと、ガラス戸の張り紙に目を留めた。
『祓魔塾副教材あります』
・・・嘘くさい。
燐はなんともいえない表情を作り、ハハハと笑いを漏らした。
「副教材ってなんだろう?」
「初心者向けの入門書とかもあるよ」
「ほぇ?」
後ろから声がかかった。
「正十字学園の制服だ」
振り返ると見上げるほどの背丈の男が立っていた。
黒縁のメガネの奥の緑の瞳が優しく細められる。
「え?なんで?」
「祓魔塾の生徒さんでしょ?」
「え?えぇ?!」
にこにこにこ。
見上げた相手の顔に懐かしい感じがする。
「あれ?」
「とりあえず、ここじゃ暑いでしょ。お店の中に入らないかい?」
からりと開けられたガラス戸の向こうから涼しげな空気が溢れてくる誘惑に、燐はふらふらと店の中に入った。
店の中は紙とインクと革などの匂いがした。ああ、本屋ってこういう雰囲気だよな。
燐はきょろきょろとあちらこちらの平積みされている本はなんだか、本当に古くて高そうだ。
「その辺りに適当に座ってて」
店主だという櫂に言われるまま適当に詰まれた本に尻を置く。
振り向いた櫂の顔が一瞬固まって、それから微苦笑を浮かべる。
「大物だなぁ、君。それ、『神曲』の初版本」
『神曲』がどんな本なのか知らなくても、凄く古そうな本の初版なら、かなり貴重な物だろう。燐は飛びのいて、勢いよく頭を下げた。
「す、すみません」
「いやいや。僕も適当に座ってと言ったし・・。構わないよ。そんなところに平積みしていた僕が悪いわけだしね。はい、お茶どうぞ」
「あ・・どうも」
調度座れそうな木枠に寄りかかるようにして、燐は冷たいお茶を啜った。喉を通るときにスーッと清涼感があった。
「これ・・」
「ハーブティーだよ。ミントが入ってるからすっとするでしょ?」
「凄く美味しいです」
「結構簡単に出来るよ、薄荷とか悪魔薬学で習ったでしょ?」
祓魔塾の授業の話を持ち出したとたんに燐の顔が曇る。
「・・・うっ、たぶん・・」
自信なさそうに応えるのを見て、櫂は逡巡しながら尋ねた。
「君、今の授業についていけてる?」
燐は応える代わりに情けなさそうに笑った。
「ついていけてないんだね・・・。それじゃ、大変でしょう。もうすぐ候補生試験の時期じゃない?」
「候補生試験?」
燐の顔に『それ、なんですか?』と大きく書いてあった。
『ああ・・・そこから説明しなきゃいけないのか・・・。予備知識が全然ないと仮定した方がいいんだな』櫂は燐のレベルを見極めながら、いくつか質問をした。



数刻後。
「ありがとうございます。凄く分かりやすかったです」
燐は深く頭を下げた。櫂の知識量は半端ではなく、また、相手の経験値に合わせて分かりやすく説明してくれるので、燐でも理解できた。
「話し相手になってもらえて、此方こそ助かったよ」
櫂はにこやかに応える。きちんとした知識があれば、いくらでも応用は利くし、授業にもついていけるだろう。
「もし良かったら、また、話し相手になってもらえるかな?この店、見ての通りの閑古鳥だろう?」
祓魔の起源や宗教的な背景などを説明してもらっている間、客は一人として入ってこなかった。
「俺でよかったら。また、教えてもらえれば、俺も助かるし・・・」
「良かった。この店、午後からしか開けてないから、放課後とかにでも顔出してよ」
「はい。よろしくおねがいします」
「こちらこそ」
櫂のメガネを押し上げる仕草に、『おや?』と燐は思った。
何故かとても懐かしい、いや、よく見かける顔と似ている感じがした。
「どうか、した?」
不思議そうに覗き込んでくる緑の瞳に『なんでもないです』と首を振った。
「そう?・・あ、燐君。これ。この聖書物語は結構面白く書かれてる。読んでみて、感想を聞かせて」
古い装丁の本で手書きの注釈がついている。使い込まれた感があった。
「コレ・・・」
「僕が昔使っていた旧約聖書なんだ。結構書き込んであるけど、分かりにくい所があったら、次にきたときに教えてあげるよ」
雪男に渡された子供向けの物と違って、きちんとした聖書だ。
「あの・・櫂さん」
「ん?なんだい?」
「どうしてこんなに親切にしてくれるんですか?・・あっ、あの別に疑ってるとかじゃなくて・・あの・・、その・・・・」
「ははは。そうか、そうだよね。初対面で馴れ馴れしくしすぎたかな、申し訳ない。僕はこういう性格だから・・・。敢えて言うなら、君が僕の好きだった人に似ているから」
「・・・?・・好き・だった・・人?・・・」
「あ、誤解のないように言っておくけど、僕の好きだった人は女性だよ」
「・・えっと・・・それって・・・どう・受け止めれば・・」
「面影がある・・というか、似てるんだ。僕が好きだった人と・・・」
櫂は懐かしむように目を細めた。彼の脳裏にどんな女性が浮かんでいるのか分からないが、燐としては女性に似ていると言われるのは素直に喜べない。
「まぁ・・・。また、おいで」
湯飲みを下げに店の奥へ行ってしまった櫂に、取り残された形になった燐は少しの間なんともいえない笑いを浮かべていたが、諦めて倶利伽羅を背負いなおした。



「ただいま〜」
「お帰り、兄さん。僕より遅いなんて、珍しいね。何処か行ってたの?」
寮の部屋に帰りついた燐は、机に向かっていた雪男が挨拶を返してきたその顔にハッとなった。
『あの人・・・雪男に似てるんだ』


2011/06/26

コメント:雪男似の櫂さん登場です。人物に関する報告を読後の方にはぴんと来たと思いますが、
あの人です。ですが、設定通りだとここに居るはずがありません。さて、どんなカラクリが?・・・ということで、もう少し続きます。

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