キスできなくても

『・・雪男、今、何を考えてる?』
胸の奥で兄、奥村燐の声を聞いて、弟はズレたメガネを押し上げた。
「何って、なんのこと?」
『いや・・・だから、・・・その』
もごもごと口ごもる兄の様子に雪男はゆるく笑った。
ローマ本部にある居室に帰ってくるのは久しぶりだ。
しかし、ここは休息を取るために戻る場所であり、
本当に帰るべき場所と定めているのは日本の正十字学園町にある養父の教会だけだ。
悪魔薬学の第一人者であり、現四大騎士の一角を担う雪男は悪魔落ちであるにも拘らず、祓魔師として虚無界からの侵攻を阻む盾として、今も第一線で戦っている。
悪魔落ち、エクソシストとして最も忌むべき存在。
悪魔に支配されたエクソシストのことだ。
「兄さん、僕の思考を読むのは個人情報の侵害だよ」
『!?・・イヤ、そんなつもりは・・・でも・・』
軽い気持ちで言ったのだが、燐にはそう聞こえなかったようだ。
逡巡する気配が雪男に伝わり、ぼそりと呟く。
『・・・悪かった』
「兄さん?」
今の燐は物質界での肉体を失い、悪魔として雪男に憑依している。
先程からの会話は雪男の表層意識でなされたものだ。


雪男の意識の中を漂いながら、燐はちょっと途方に暮れていた。
雪男は強い理性でもって欲望をコントロールしているつもりだろう。
実際、出来ている・・・と思う。
・・・が、無意識下については野放しといっても過言ではない。
雪男が寝ている間に、夢の中で夜毎繰り返される行為・・・。
燐の意識が感化されて大変なことになっていたりする。
『気付いたりしたら、雪男、どうなるんだろう』
自分の意識が雪男に流れないように遮断しながら、燐は一人ごちた。

雪男の夢という欲望のはけ口の淵に立って、悪魔として弟の身体を揺り籠にしている自分はかなり倫理観がなくなっている。その自覚がある。
いっそのこと、夢に忍んでいって愉しんでしまいたいとすら考えている。
いつだったか、シュラが雪男のことをビビリメガネと呼んでいた。
あれから随分経つけど、もし燐が雪男の意識と同調してあの行為を是とした場合、少し心配だ。弟はまだ人間で人としての倫理観でガチガチだ。
あの夢を兄である燐が知っていたとしたら、それだけでまた自殺しそうだ。
寝てなくても心に空白があると無意識下であれやこれやされてます。・・・なんて弟が知ったら・・・。
燐は悪魔の尻尾を振りながら溜息をついた。
どうやって、弟を楽にしてやろうか・・・。
一度、メフィストにでも相談してみようか・・・。

弟が楽になる=自分が頂かれるという公式なのだが、どうも、理解が出来ていない燐だった。


コメント:
『キス』の雪男は実は幸せ者(?)かもしれないというお話。
今回はこちらのみになります。ポチポチしていただいても、これだけです。あしからず〜


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