謎の転校生、現る

「ご一緒しても宜しいですか?」
図書室で調べ物をしているときに声を掛けられた。
場所が場所なだけに、低く抑えられたその声に聞き覚えがあるなと雪男は思った。
顔を上げると藍色の長い髪、白い肌、そして不思議な藤色の瞳にたどり着く。
その顔に記憶を辿れば、隣のクラスに編入してきた女子生徒だと思い出す。
名前は確か・・・。
「同じ特進課の無雲亜栖磨(なぐもあすま)です。隣のクラスですけど」
にっこりと微笑まれて雪男は訝しげに会釈する。
同じ特進課とはいえクラスの違う編入生に声を掛けられる可能性について、頭の中で分析という名のぐるぐるがあって、相手の言葉を聞きそびれた。
「あ、あの、今なんておっしゃったんですか?」
「横の席、空いてますよね?って聞いたんです」
「ああ・・・どうぞ」
「ありがとう」
にっこりと笑って隣に座った亜栖磨が開いた本を何気なく見て雪男は固まった。
黄ばんだ紙に書かれているのは手書きのヘブライ語。分厚い本の装丁はなめした皮で使い込まれているらしく黒く変色している。
どう見てもこの図書室にある蔵書ではない。
雪男の視線に気付いたのか、亜栖磨は髪をかき上げながら首を傾げる。
「あの、無雲さん」
「なんですか?」
「その本って・・・」
「ああ、この本。グリモアですよ。私、こういったものに興味があって」
「こういったもの・・・」
「オカルトっていうのかな。これも本当は父の蔵書なんです。父はこういった本の蒐集家で・・・」
「オカルト・・・」
「奥村君も興味があるんですか?オカルト」
「いえ、僕はそういったものに興味はありません」
相手の出方を探るように雪男はメガネで表情を隠しながら亜栖磨を盗み見た。
「そうなんですか・・・、ちょっと残念」
ふふっと笑って、グリモアに集中する。
『・・祓魔塾に編入生が来るような知らせは受けていない。とすれば、この人は・・』
悪魔を呼び出すことが出来る原書のグリモアを一般生徒が所持しているのは危険だ。先日のあの一件も完全な解決とはいいがたい。
「失礼します」
雪男は机に広げていたノートや資料を手早く片付けて立ち上がった。
「お邪魔してしまいましたか?私」
「は?」
少し俯き加減に尋ねられて、雪男は聞き返した。
「私がここに座ってから、10分も経っていませんよ」
「・・あ、そんな。そんなことはありません」
「なら宜しいんですが・・・。お忙しいんですね」
亜栖磨は薄い手袋をした手でグリモアの頁を捲る。
「では、失礼します」
軽く会釈をして、雪男は図書室を出るとすぐに人気のなさそうな廊下を通り、ソロモンの鍵を使って祓魔塾の廊下に出る。
携帯の登録ボタンを押し、相手が出るのを待つ。
5コール鳴ったところでやっと相手が出た。
「どうかされましたか?奥村先生」
「フェレス卿、最近一年に編入してきた女子生徒のことですが・・・」
「はい?一年に編入ですか?そのような書類は回ってきておりませんが・・・」
「なんですって?」
『しまった』雪男は臍を咬む。アレが狐面の女だったのだ。いや、隣のクラスに転校生がいるというのは、雪男のクラスでも男子が噂をしていた。とすると・・・?
電話の向こうでがさがさと紙の立てる音がする。『ああ、あった、あった』という言葉が聞こえて、クリアな声が重要な情報を伝えてきた。
「あ、いやいや。明日から編入する子がいましたな。確か・・名前は無雲亜栖磨・・」
『明日から?』雪男は眉を顰める。メフィストの声に動揺した様子はないが、相手は百戦錬磨の名誉騎士だ。平静を装っているだけかもしれない。
不審に思いながらも、転入生の件に関しては一応納得しておくことにする。
あの狐面の女は銀糸と見紛う白髪だった。兄と勝呂からの情報によれば、眼は燃えるような紅だったと言う。
「・・・そうですか。明日からの編入なんですね。・・どんな人なんですか?」
「かなりの資産家のお嬢さんですよ。おや、珍しいですね、奥村先生」
「・・・?・意味が分かりませんが?」
「女性に興味を持たれた・・・のではありませんか?」
のんびりとした声に、雪男の苛立ちが募る。
正十字学園の理事長は他人の神経をさかなでするのが上手いのだ。
「その無雲さんですが、先程図書室で会いました」
「おお、それはなかなかロマンティックな出会いをされたようで・・・」
「・・・・・・・」
「どうかされましたか?奥村先生」
『ああ、今すぐ理事長室に行ってフルオートマシンガンの試し撃ちがしたい』携帯を持つ手が衝動に震える。
「その女生徒がグリモアを所持していたので。どういった縁のある方なのかと。確か、祓魔塾に編入される方はいらっしゃらなかったと思ったものですから」
「ああ、グリモアを・・・。そのグリモアはどんな色の物をしていましたか?」
「黒色で羊皮紙の装丁のようでした。かなり黄ばんで端の茶色く汚れた頁でした。特色というほどのことはないと思いますが、写本なのか原典なのかも、僕では分かりません」
「そうですか・・・。実は我が正十字騎士團の図書管理室から禁書が何冊か、紛失しているとの報告を司書官から受けたのです」
「それは・・・まさか」
「そうなりますな。紛失したうちの一冊でしょう。先日の白い装丁のグリモアです。『アモン』を召喚せし魔導書」
「それでは、先日のあの悪魔召喚は日本支部の書物保管庫から盗み出された物・・・ということですか?」
「そうなりますね。詳しいことは放課後に講師の方々を召集いたします。奥村先生にも来て頂きますよ」
「勿論です。ただ、無雲さんの持っているグリモアのことが僕は気になります」
「それは此方で回収しておきましょう」
「分かりました。よろしくお願いします」
携帯の通話を切って雪男は溜息をついた。
「問題山積・・・だ」



図書室で亜栖磨もまた、溜息をついた。
「危なかった。もう少し言葉には気をつけないといけないわね、相手がうっかりさんで良かった」
クスクスクス。含み笑う。
『さて、次はどうしましょうか』
手元のグリモアに手を翳して本を分解消去する。
「私は弟よりも、あの悪魔に興味があるのになぁ・・・」

2011/06/12

コメント:
とりあえず、続きをアップ。やっぱり、雪男と燐は別行動中です。勿論、雪男に甘酸っぱい恋到来のわけもなく、理事長をおちょくって愉しんでいるだけです。
真面目な人って揶揄い甲斐があるよね。
次回は燐の方でもちょっとした出会いがあります。

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