その微笑みは破滅への序曲

彼は微笑みながら『ごめん』と言った。



魔神の血を引く奥村燐は、正十字騎士團の監視下で魔神の憑依に耐え得る精神を作るための鍛えられていた。
その目的は来るべき時に魔神の憑依に耐え、その身にサタンを宿したまま封印されること。そのためだけに生きることを赦された子供だった。
幼い頃、燐を守ろうとした母は騎士團に殺された。
奥村燐は母が殺されたそのときから、心が失われていた。
それまで人間同様に育っていた彼は、母が殺されたときに悪魔の力に覚醒した。
魔神の焔の力は凄まじく、幼い子供に耐えられるものではなかった。
自分すらも焦がす焔の中で、無数の手が彼を捉えナイフで胸を切り裂き生きたままの心臓を刳り貫くのを見ていた。
奥村燐の悪魔としての力は彼の心臓とともに魔剣に封印された。
それからはずっと昏い小さな部屋に閉じこめられていた。
人らしい交流などないまま、詰め込まれる知識と力の使い方。
ただ機械のように悪魔を斃し続ける日々。
怪我を負ってもすぐに治癒するから、治療をされることもない。
逃げることを赦されない道具である身は、常に監視され現場と昏い部屋の往復のみ。言葉はおろか喜怒哀楽すらない、まさに道具として仕立てられた彼を変えたのは、「弟」の存在だった。
実の弟ではない。彼の母の妹の子供。同い年の従兄弟だった。
からっぽの心が満たされると、子供らしい笑みを浮かべることが出来るようになった。
身体は充分に魔神の力に馴染んだ。しかし、心がないのであれば、魔神の器として世界の脅威となる。魔神の憑依に耐える心を持つこと。それが奥村燐に必要とされた。



そして運命の日は突然やってきた。
物質界を守るため、そんな大儀のためではなく、奥村燐は大切な「弟」のために、魔神の憑依に耐えた。
背中に誰かがぶつかって来た。彼は不思議そうに自分の胸元を見つめる。
そこには刀身が生えていた。胸を深く背後から貫かれて、奥村燐は口から血を吐いた。
『ああ、そこに心臓はないのに・・・』
翳む視界を無理やり背後に向ける。
そこには『弟』がいた。
憎しみにぎらぎらとした目で自分を見る弟。その時、初めて彼は理解した。
弟はずっと彼を恨んでいたのだ、と。
魔神を斃す為の道具である奥村燐に魔神の憑依に耐えるだけの精神を育てるために、無理やりにつれて来られたかわいそうな子供。
自分だけだったらなら、良かったのに。
自分の周りはみんな不幸になる。だから誰も傍においてはいけなかったのに。
母を殺し、弟を犠牲にし、そんなにしてまでこの世界に守る価値はあるのだろうか?
そして、今、父を殺そうとしている。
父である魔神を。
ただの道具であった彼は、道具でしかなかった彼は、自分を生かさなかった世界よりも魔神に従った。
死ぬためだけに育てられた、サタンを斃す為の生贄。
彼は父である魔神に願った。
『この世界に破滅を』
魔神に次ぐ力を持つ子供の願いは聞き届けられた。



歪んだ運命の糸は撓んで、再び、別の物語を紡ぎだす。
しかしどんなに歪んでも魔神の仔の運命に変わりはなく、そしてまた。
奥村燐はいつものように淡く笑った。
それをはじまりとして、世界は炎上する。
青い焔に炙られて消えていく世界を、魔神の仔は透明な笑みで見送った。

2011/06/12

コメント:
どうしようかなーと思いながら、こんな話をUPしてる。
もっと潤いのある話を書きたい。・・・暗いなー。

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