グリモアという書物について

燐は祓魔塾の廊下で呼び止められた。
グリモア学の講師が興奮に紅潮した顔で近付いてくる。
普段、祓魔塾の講師が燐に近寄ってくることはない。
燐は魔神の落胤だ。それはメフィストが緘口令を敷いているとしても同じこと。
誰しもサタンに纏わる者が怖いのだ。
「奥村君。君、魔円方陣術を見たっていうのは本当かい?!」
講師の胸倉を掴む勢いに、燐はたじたじになった。
「はぁ?何ですか、その魔え・・術?ってのは」
「魔・円・方・陣・術、ですよ」
興奮している講師は一言ずつ区切るように発音する。
「それで、何なんですか?それは」
全く分かっていない燐は、唾を飛ばさんばかりの語気に一歩下がり気味になりつつ、もう一度尋ねる。
必死になりすぎた自分に気付いたのか、講師は少し恥じ入りながら燐から離れる。
「いや、奥村先生が先程僕のところに訪ねてきて、『魔円方陣術』について聞かれたんだ。何故、そのようなことを調べているのか此方が訊くと、昨夜、あの燃え落ちた旧校舎でグリモアを使った魔法陣の錬成が行われたと」
「ああ、あれか・・・」
講師の話を聞いていて、昨夜の空間に鮮やかに浮かんだ、青白い魔法陣を思い出す。
「見たんだね、君も」
「はぁ・・見ました。確かに」
講師の常軌を逸脱した興奮に、もう一歩講師から離れながら燐は狐面が脳裏に浮かんだ。
「で、それが、何か?」
「なにか?何かだって?!君、ことの重要性が分かっていないのかい?奥村君」
「は?」
「はい、湯ノ川先生。そこまでにしていただけますか?兄に何を言っても無駄ですよ。それにこの件についてはフェレス卿からの指示で、僕も調査が出来なくなりました」
いつの間にか現れた雪男が、再び燐に食って掛かろうした講師の背を叩く。
「しかし」
「然しも案山子もありませんよ、湯ノ川先生」
その横にはご丁寧にもメフィストが立っていた。背の高い二人が並んでいると、それだけで威圧感がある。
「フェレス卿・・・」
講師は溜息をつきつつ、身体の力を抜く。
「分かりました。詳細が上がってきたときには、此方にもご報告いただけますか?」
「もとより、そのつもりでしたよ。あなたが、彼の悪名高きビブリオマスターの研究をしているということは、私も充分に理解しています」
「ありがとうございます。それでは、このあとも授業がありますので」
講師はまだ納得がいかないといった様子ではあったものの引き下がった。





講師を見送った後で、メフィストは燐に向き直った。
「それで、奥村君。君は『魔円方陣術』について何か知っていますか?」
いつもながら血色の悪い顔に薄ら笑いを浮かべた理事長が燐に話を振る。
「フェレス卿、兄に何を言っても無駄ですよ。授業をまともに受けてないんですから」
「おや、そうなんですか?せっかく超法規的措置で入学を許可したというのに、そんな様子では落ちこぼれてしまうのでは?」
「ですから、既に、落ちこぼれてます」
「雪男!!」
メフィストと雪男の会話に燐が涙目になる。
「僕は事実しか言ってないけど?何か言いたいことがあるの?兄さん」
「・・・・アリマセン」
ぷくくくく。メフィストが双子のやり取りに忍び笑いを漏らす。
「兄弟仲が宜しいことで。羨ましい限りですな」
『うちの弟達と来たら、そりゃもう聞かん気が強くて・・・』などと呟きながら、溜息をついて見せた。
「それで。フェレス卿、昨日の一件について、これ以上の調査を行ってはならないとのご指示は継続ですか?」「このようなところで立ち話もなんですな」
メフィストは一つの鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
そこは既に理事長執務室だった。
「どうぞ。人払いはしてありますので、存分とお叱りは受けましょう」
芝居がかった仕草で二人を部屋へと招きいれたメフィストは、二人に椅子を勧めて自分も定位置に座った。
「さて、それでは、奥村君のご報告を聞きましょうか」
「報告?何の話だ?メフィスト」
燐はメフィストを見返す。自分に報告の義務を突きつけられるとは思っていたなかった。そういうのはまぁ、引率である弟がしている物と決め付けていた。
「僕も聞きたいな。なんで兄さんはあの狐面をつけた女生徒に敵意がないなんて思ったのか」
「いえ、私が聞きたいのは、あの旧校舎を燃やした悪魔と会話できたかについてです」
「え?!」
雪男の驚愕から、弟がその話を聞くのも初めてなのだと燐は思った。
「あー、あの犬?何か言っていたような気もするけど、覚えてないや」
燐が魔方陣から現れた悪魔について思い出そうとすると、それは少しぼやけた印象としか記憶されていなかった。
「”クロ”みたいにはっきりと分かる言葉はなかった・・と思う」
「そうですか・・・。やはり、興味深い」
メフィストはそう言ったきり思索に耽ってしまい、雪男が声をかけても無視される始末だ。こんなところで、時間を潰しているのは時間の無駄と諦めた雪男が立ち上がったのを機に、メフィストが双子の背に言葉を投げた。
「ビブリオマスターについては、くれぐれも内密に」





燐は黙ったまま横を歩く弟の顔を窺う。
薄暗い祓魔塾の廊下、何を考えているのか分からない雪男がふと立ち止まる。
「?どうした、雪男」
「グリモア・・、やはり正十字の司書官に・・・でも、禁書なら」
独り言のように呟く。
「兄さん、先に帰っていてくれる?」
「お・・・おぅ」
有無を言わせない調子で兄を置いてけぼりにして、扉に鍵を挿して何処かへ行ってしまった。
「なんなんだ、雪男の奴・・・」
『俺ももうちょっと勉強しないとヤバイか・・・。取り敢えず・・・?』
燐は首をコテンと傾げる。
「グリモアってなんだっけ?」
勝呂か志摩辺りが通りかかったら、『そこから説明せなあかんのかい』と突っ込まれたことだろう。


2011/06/08

コメント:
あー、取り敢えず、ここで引き。次の展開は週末にします。身が持たん。
ただ、専門知識皆無の燐を主人公のままでこの話を続けるのが容易なことでないと、今更ながら気が付いた。
せめて、グリモア学だけでも真面目に出てくれ、燐。そして、今回の話の一番の胆は、グリモア学の講師の名前。湯ノ川先生でいいのか、既刊を全部読み直して確認したよ。

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