邂逅の焔

雲に月の光が遮られる闇夜だった。
噂の通りに午前二時に旧校舎へ行くと鬼火が現れた。
それは一番北に位置する教室の奥の窓から、ゆらりゆらりと蒼い焔を上げ漂っていた。
「なんや、これ」
怯える子猫丸を志摩に任せ、すたすたと鬼火に近付いた勝呂は、細い鉄線に吊られた布の玉が燃えているのを確認した。
「奥村せんせ、これ、誰かの悪戯やな。たちの悪ぃ・・・」
格好に気合が入っている割に根が真面目な勝呂は、こういった悪戯がお気に召さなかったようだ。顔を顰めて鉄線の先を辿る。この教室は意外と天井が高いなぁ・・と思っていると、天井付近に白い物がぼんやり見えた。
『?なんや、あれは・・・』
じっと目を凝らすとそれが狐の面であることに気付いた。
「勝呂君、下がって!」
雪男が銃を構えて、威嚇射撃をする。
それに動じない相手はすとんと勝呂の前に立ち狐面の奥から紅い瞳が彼を覗き込んでいた。
『魅了の術か?身体が・・力が抜ける・・。下手打ったわ・・・。すまん、みんな』
足に力が入らなくなり、勝呂はその場に崩れ落ちた。
倒れた勝呂を省みることなく、狐面だけが闇の中で白く浮きだって見えた。
「お前は何者だ?」
『悪魔なのか?』雪男は候補生達を下がらせる。
「兄さん、勝呂君をお願いするね」
両手に銃把を握り、装弾を完了する。銃口は狐面の眉間をひたと狙う。
兄の身体能力に頼るのは癪だが、この状況ではそうも言っていられない。
今日、旧校舎に行くことは塾長であるメフィストに報告してある。
彼の見解も学生の悪戯だろうとのことだった。
裏取り済みの案件だが、候補生達にはいい実地研修になるはずだったのだが。
悪魔ならば容赦なく銃弾を叩き込みたいところだが、万が一人間だという可能性も捨てられない。
雪男は焦れながら狐面の次の出方を窺った。
相手はじっと雪男を見ている。その視線を感じながら、雪男は意識をそらさずに見つめ返す。魅了は気力の勝負だ。要は蝦蟇への対処と変わりない。
突然、雲の切れ間から月明かりが教室に差し込んだ。
「何?」
「女?」
雪男と燐は月明かりに照らされた相手を見た。正十字学園の制服を着ていた。スカートを穿いていることから女生徒のようだ。
だとすると厄介だ。悪魔に憑依され操られているということに他ならない。
「どちらが奥村燐君?」
鈴を転がしたような声がした。二人は顔を見合わせる。
根が素直な燐は右手を上げる。
「俺だ。お前、何者?」
「そう・・・、あなたが燐」
「兄さんの馬鹿」
雪男の舌打ちの一瞬後には狐面は燐の間近にいた。まるで幽霊のような身のこなしだ。
「はじめまして、奥村燐。あなたがどれくらいの悪魔なのか試しに来ました」
鼻面をすり合わせるような距離で狐面の女が言う。
雪男は兄の危機に至近距離ではあるが横から面を弾こうと狙う。
銃声は一発だった。にも拘らず、雪男の両手から銃が弾かれる。
指先が痺れるほどの衝撃に雪男に隙が生まれた。
「あなたがどれくらいの力を持っているのか、とても興味があります」
狐面の後ろに纏められていた髪がふわりと空気を纏って揺らめいた。銀色に月光を弾く長い髪が燐の両手を戒めた。
「胸に風穴開けてしまいますよ、抵抗しないんですか?」
されるがままの燐に不思議そうに尋ねる。
「兄さん!」
ものすごい力で手首を締め上げられて、燐の顔が歪む。
「やらねぇよ」
「何故?」
「だって、お前。全然敵意がない」
蒼い瞳が狐面を見下ろしていた。
面の奥で輝く紅がすうっと細められる。
「奥村燐、あなた、よく『天然』って言われません?」
「はぁ?意味、分かんねぇし」
「それでは、『馬鹿』とは?」
「お前が今、馬鹿にしてんじゃん」
「そうかしら?」
「そうだろ」
狐面の女はコロコロと笑い出した。
「次はその実力を測りに来ます。それから、こんな分かりやすい罠に引っかかるようなお馬鹿さん達には、少々のお仕置きを」
何もない空間から青白いの装丁の本が現れる。
空中に見たこともない魔法陣が形作られた。空間に魔法陣を描く。女の詠唱が途絶えたと同時に魔方陣を割り裂き燃盛る焔を纏った獣が出現する。
『われを召喚せし者よ、その言葉に従おう』
割れ鐘のようなざらざらした音が教室に響き渡った。
「代行者たる吾、虚無界の大公爵『アモン』に契約の履行を命ず」
狐面の姿が熱気で陽炎のように歪む。既にその場は耐えがたい熱さだった。
「兄さん!」
床に倒れ伏したままの勝呂に飛びついて抱え起こしながら雪男は、敵に戒められた兄の姿を探す。
「灼熱をこの場に、全てを焼き尽くせ」
『主命を確認。われ履行する』
「ここだ、雪男。とりあえず勝呂は俺が抱える。お前、俺を先導してくれ」
馬鹿力でヒョイと勝呂を小脇に抱えた燐が、雪男を促す。
「あの狐面の女は?」
「あの犬呼び出して、消えた」
燃え盛る炎は既に辺りを熔かすほどの熱を孕んで、教室が融解していく。獣の咆哮が辺りを支配し、無事に脱出した雪男たちは燃え崩れる旧校舎を見上げるだけだった。
遠くで消防車のサイレンが聞こえる。誰かが通報したのだろう。
まあ、これだけ大掛かりな火事なら、何処からでも分かりやすい。夜を赤々と照らし出す、天を突くほどの紅い焔。
「おい、雪男。なんで撃たなかった?」
燐は少し気になっていたことを尋ねた。いつもなら、絶対に撃ってくるタイミングに、雪男の援護がなかった。それが燐は気になっていた。
「・・・撃てなかったんだよ。銃を弾かれた」
雪男はまだ痺れている両手を挙げて肩をすくめる。
「弾かれたって?」
「・・銃声は一発しかしなかったのに、精確に二発それも僕の銃身に当てて弾いた奴がいる」
「あの女か?」
「違う。角度からいって別の人物だと思う」
「あの教室に・・もう一人いたってのかよ」
敵が・・・。今回は敵意がなかった。だが、次もそうとは限らないし、アレだけの実力の持ち主だ。こちらに犠牲が出る可能性もある。
燐も雪男も背筋に冷たいものを感じていた。
「それに、あのグリモア召喚術・・・初めて見たよ。あんな何もない空間に魔法陣を描く方法なんて・・・」
既に残骸と化している旧校舎に候補生達はただ立ち尽くすだけだった。

『フェレス卿、一体あなたは何を考えているんだ』
こんな悪魔憑きがこの正十字学園町に潜んでいるなどと言う状況を、あの名誉騎士がむざむざと許すはずがない。とすれば、あの狐面は十中八九メフィストが差し向けたものと考えるのが妥当だ。雪男はキリと痛む胃を押さえつつ溜息をついた。


2011/06/06

コメント:
まずは勝呂君、ごめん。君が本当は格好いい男なのは分かっている。分かっている上で今回はごめん。ユッキーにもう少し見せ場をと思ったのですが、そうは問屋がおろしませんでした。燐ちゃん、もうちょっと動いてくれよ。あんた、主人公なんだから。
そんなこんなで、また次回・・・。やっぱ、本領発揮だわ。こっち方が自分に合ってる(笑)


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