幕開け

独特なノックの音がした。それは16年ぶりの音。
「どうぞ」
メフィストはそれまで会話していた携帯を閉じた。
「電話中だったか?」
「いえいえ。丁度終わったところですよ」
相手は扉の前に立ったまま、理事長席で仕事の途中といった風情のメフィストを見る。
「仕事を続けても宜しいでしょうか?」
その視線に促されるように、メフィストはしぶしぶと目の前に堆く積まれた書類に手をかける。相手は身振りで『どうぞ』と示した。
「さて、仕事をしながらで恐縮ですが、色よい返事を頂けるということで宜しいですかな?」
「たたき起こしておいて、よくも抜け抜けと・・・」
苦笑を漏らしながら男は呆れたように言葉を吐く。
「おや、そうでしたでしょうか?そもそも、起床の時刻だったのでは?」
「人にはぞれぞれ役目がある・・・か」
うんざりと息を付く。
扉に預けていた背を浮かせて、書類机の端に置いてある水差しを手に取る。
「聖水・・・なわけはないか」
悪魔であるメフィストが聖水を飲むはずはない。
左腕に巻いた汚れた布を剥ぎ取りながら、水差しの水を肩からかける。
するとあたかも熱した鉄にでも晒されたかのように、ジュウジュウと音を立てて水蒸気になっていく。
「あなたのそれ、また、酷くなっていませんか?」
「良くなることはないんだ、進行していても不思議じゃないだろう?」
「それもそうですか・・・」
「あの阿呆はまだ虚無界で歯噛みしてんのかよ?」
歯を見せて嗤う相手に胡乱な視線を投げるメフィストは溜息をついた。
「あなたに振られてからというもの、ご機嫌斜めでしてね。おかげで物質界で『青い夜』などという事態を引き起こしてくれましたよ」
「・・・強制憑依か・・・」
「そうです、いくら力がある聖職者といえども、父上の憑依に耐えられる者などいるはずもない」
「たいした癇癪だな。傍迷惑な奴だ」
何気ない言葉であったが、相手の動揺がメフィストには伝わった。
「あなたのせいではありませんよ。運命と言うものは時として残酷です」
「そんなことは思っていないさ」
左の拳を握り締める。掌に爪が食い込むほどの強さで。
「まぁ、今は、自分の気紛れで物質界に子供を作りましてね。彼にご執心です」
「ほぅ・・・魔神の落胤か・・・」
「あなたにお願いしたいのは・・・」
メフィストの言葉を手で遮る。
「メフィスト・フェレス、俺に命令をする気か?」
深く隈の刻まれた顔が強張る。
二人の間に緊張が走った。
「いいえ、命令など。私があなたにすることは、『お願い』に過ぎませんよ」
「お願い、・・・ね」
男は鼻で笑った。
「人にはそれぞれ役目がある。その役割を演じるだけか・・・」
「ご協力いただけますか?」
「願い下げだ。こっちはこっちで勝手にやる」
メフィストが不満げに顔を顰める。
「なんだ?何か文句でもあるのか?」
「あまり掻き回されますと、後のフォローが大変なのですが」
「苦労を惜しむなよ、悪魔」
その言葉に敵意はない。男の顔をじっと見つめてそれから力を抜く。
「全く、あなたと来たら・・・。相変わらずですね」
パタンと扉の閉まる音がした。メフィストは知らず詰めていた息を吐き出した。
最後の書類にサインをする。
ペンを走らせる手が震えていることにメフィストは苦笑を浮かべた。

「さて、運命の輪が回り始めた・・次の一手は・・・」
メフィストは携帯を開きメモリーを確認する。

2011/06/02

コメント:
管理人の捏造話、開幕。夢小説ではありません。
ただ、オリキャラが出てきますし、カップリングとかもない可能性が・・・(笑)
純粋に青エクを下敷きにした二次創作です。

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