ここは悪魔の通り道

全治三週間。
白鳥零二は、診察した医師にそう言われた。
中型トラックに撥ねられたらしい。
「奇跡的だよ。こんな軽傷で済むなんて」
医者が驚異的な治癒力を調べたそうにしていた。
だが、誰が好き好んで人体実験の生贄になりたいものか。
取り縋ってくる医者を蹴り倒し、検体提出を断って病院は退院した。



白鳥零二には、正十字学園の入学式前後の記憶がなかった。
合格したことは覚えている。
だが、中学時代の悪友どもとつるんでいた春休み、その2週間ほどの記憶がすっぽりと無くなっている。
もちろん、この怪我のせいで入学式は休んだし、両親には怒鳴られるわ、泣かれるわ。
父親に怒鳴られたのが初めてなら、母親に泣きながら生きてて良かったとか言って掻き抱かれたのも初めてな気がする。
とりあえず退院したその足で事故現場に行ってみた。
正十字学園町の南十字男子修道院の礼拝堂。
そこは既に瓦礫は撤去され、かなり修復されていた。
全くブレーキを踏んだ様子の無い轍、礼拝堂に中型トラックが突っ込んだのだそうだ。
それに白鳥は巻き込まれた。
「おっかしいよなぁ・・・どう考えても、この軌道でどうやって俺は撥ねられた?」
頭の中に靄が掛かったようで、非常に気持ち悪い。
だが、はたして、思い出したほうがいいのだろうか?
何故か思い出さないほうがいいと言う気持ちもあった。
それは入院中に一度だけ見舞いに来た悪友の一人が、白鳥の様子が変だったと言っていたこともある。
「白鳥さん、変でしたよ。なんか、すごく怖かった・・・」
思い出しただけで身体が震えるんです・・・。そう言って情けない顔で笑われれば、記憶が無いことも手伝って、困惑しつつも悪かったと謝るしかない。
頭の中に鍵を掛けられた引き出しがある。そんな感覚だ。
記憶のない間の俺を知っている奴に一人だけ心当たりがある。
悪友達から聞いた名だ。
「奥村・・・燐・・」
この辺りの中学では有名な不良だ。誰ともつるまず一匹狼を気取ってる。
それが気に食わないと突っかかっていった奴は全て返り討ち。
影では悪魔と囁かれていた。燐の異常な怪力はそれだけで恐怖の対象だった。
白鳥は顔を顰めた。彼は燐と面識があった。
いや、厳密に言えば白鳥が燐を見かけたことがあった。


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中学を少し行ったところに山というには可愛らしい丘があり、そのうえには神社があった。参道の階段はちょっと急で赤い鳥居の向こうには小さな祠があるだけだ。
そこが燐の根城・・・というかサボタージュしたときのたまり場だった。
だから奥村燐とやりあったことがある奴は絶対に寄り付かない場所で、そのときの白鳥は他の中学の不良とやりあって逃げる途中だった。
参道を登ると目立つので、脇の低木を掻き分けて祠の手前くらいに身を潜めた。
白鳥を追ってきた連中は調度その時、神社でぼんやりしていた燐にボコられて逃げていった。絶対的な力というのは、ああいうのを言うんだと白鳥は息を殺して燐を見ていた。
あの力に憧れた。あの力があれば自分はもっと強くなれる。あの奥村燐のように。



しばらくの間、こっそりと燐の様子を窺いに行っていた。
見たからといって強くなれるわけではなかったが、何故か惹かれるものがあった。
燐は良く祠の脇の縁台で昼寝をしていた。良く、鳩に集られていた。
噂に聞いたどんな彼でもない、孤独な少年の姿があった。
それを白鳥は知った。
知ったからといって何ができるわけではなかったし、こんな風にこっそり覗いているのだから相手に知られるのが怖かった。
奥村燐と同じくらいの力を手に入れれば、彼に声を掛けられるだろうか。
強くなって・・・。
ざわりと背を逆撫でられたような悪寒を感じた。白鳥は何かに捉まったのだ。
『力が欲しいか?』
頭の中に響く声に逆らう事は出来なかった。
蜜のようにとろりと精神を満たし、闇の中に意識が沈んだ。
底なし沼のように何処までも落ちていく。ゆっくりと、ゆっくりと。
幾重にも理性と言う鎖で巻かれた精神を一瞬で解き放つ熱さと湧き上がる力。
『精神を委ねろ。そうすれば、全てはお前の物だ』
甘く耳元で囁くその声に、白鳥は捉まった。


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神社で彼を見ていたときから、どうも記憶がはっきりしていないようだ。
白鳥は修道院を見上げた。もうそろそろ日が暮れようとしている。
「ちっ、一旦帰るか・・・」
明日は入寮だった。入学式には出れなかったが、正十字学園高等部に一週間遅れで入学を許可された。噂に聞いたが、奥村兄弟も同じ高等部に通っているらしい。
もともと弟の雪男は受験のときも見かけていたし、頭が良いことで有名だったから納得できるが、あの素行不良の兄が正十字学園に合格したとは思えない。
「どんなカラクリがあるんだか・・・」
白鳥は修道院に背を向けて歩き始める。ふと思い出した。
奥村燐は常に一人だった。彼が一人出ないときは、弟と居るときだけだった。
・・・そうだ。あの修道院は奥村兄弟の家だった。
ますますもって、白鳥の思い出せない記憶には奥村燐が深く関わっている。
それが今、確信に変わった。


2011/06/16

コメント:
本当に青エクは原作もアニメも良くって、どのキャラクターも好きです。
なので全然恋愛含めない話も書きたくなります。
これは白鳥×燐ではありませんので、気を付けてね。

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