日常と言う名のバトルロイヤル

「ほぉ、4000とはまた不吉な・・・」
もぐもぐもぐ。
咀嚼しながら『ふむ』と思索に耽るポーズのみ取る。考える気がないのは丸分かりだ。そもそも面倒ごとと興味のないものに努力する気はメフィストにはない。
「口に弁当つけながら格好付けられても、ちっとも格好良くないから」
横から口元に付いたご飯粒を指で掬って、自分の口に運ぶ燐。
「ん?どうした?メフィスト」
燐の無意識の行動に衝撃を受けて固まった正十字学園理事長は、反対側で悪魔薬学の本を読んでいた雪男の方を向く。
彼は机に背を向け足を組んで、部屋の真ん中に置かれた座卓を見下ろしていた。
「奥村先生」
「何ですか?フェレス卿」
「あなたはこんな羨ましいことを・・・こほん、このような交流が奥村君との間で日常茶飯事なのですか?」
持っていた本から視線を外して、メフィストを見下ろす。メガネが室内灯の光を弾いて、雪男の表情は良く見えない。
「それが、なにか?」
ふふん。その言葉が態度以上に勝ち誇って聞こえるのは、メフィストの嫉妬ゆえだろうか。・・・いや、違う。
「大体、あなた方は僕たちの部屋に何をしに来てるんですか?」
『とっとと帰ってくれませんか?兄さんの勉強の邪魔ですし』青筋を立てて齢200歳を超える上級悪魔を睥睨する、弱冠15歳の新進気鋭の祓魔師。
「燐、僕も。僕にも、それ、やってください」
その横ではこれまた、燐の横にちゃっかり座っている『地の王』がわざわざ頬に米粒をつけて、燐に兄にやったのと同様のことを強要していた。
それがまたメフィストの神経を逆なでしていた。
「アマイモン、何故、お前がここに居る。そもそも、何故、奥村君のことを名前呼びしているんですか」
『私ですら本人を前に呼んだことがないというのに』
「何に嫉妬してるんですか、理事長」
呆れ口調の雪男は、既にこの現状は棚上げにすると決めている。害がないなら、もうどうでもいい。これが、メフィスト単体、『地の王』単体なら、即排除だが、お互いが牽制しあっている現状なら様子見も可能との判断だ。もちろん、本日は自動小銃が机の横に立てかけてある。いつでも応戦可能だ。
「アマイモン、お前、米粒だらけじゃんか」
濡らしたタオルで甲斐甲斐しくアマイモンの顔を拭いてやる。
「燐、それじゃありません。指で・・指でして下さい・・むぐっ」
『いや、そこまで大量に張り付いてたら、それが普通だから』と雪男とメフィストは同時に心の中で突っ込んだ。
「何なら、唇でもいいです。この間、兄上のところで見ました」
メフィストの邸宅で見たテレビドラマの話でかなり説明を省略したが、意味は通じるしまあいいかとアマイモンは思った。
「な、何を言い出すんですか、アマイモン」
兄上のところと言う言葉に反応して、燐がニヤンと笑っている。暗い青の瞳には焔が宿っている。
「へぇ・・・唇で。ふぅん」
「なかなかお盛んなようですね、フェレス卿。それなら、こんなところで油を売っていないでその方のところに行かれたらいかがですか?」
雪男が嗤いながらそんなことを言う。
「居ません。そんな方は居りませんよ、奥村君」
「なんで俺に弁解するんだ?メフィスト」
「あなたの目が冷たいからです。ひどいですよ、奥村君。私を信じてくれないのですか?」
「信じるもなにも、それって俺に関係があるのか?」
メフィストが固まる。
『おーい、大丈夫か?どうした?メフィスト』燐は背後から構って欲しいと強請るアマイモンをかわしつつ、ちょっと涙目のメフィストフェレスの前で掌をヒラヒラさせる。
「もしかして、奥村君。あのときのことをまだ根に持っていませんか?」
ポケットチーフで目尻の涙を芝居がかった所作で拭うメフィストに尋ねられて、燐は小首を傾げる。
「あのとき・・・?」
「忘れたんですか、・・・酷いですね」
シクシクシク。声を立てて泣く真似をするメフィストに、冷たい視線をくれる雪男とアマイモン。だが、責められた当の本人は慌てて、『あのとき』の心当たりを探している。
アマイモンが背後から燐に抱きつく。
「うわっ、なんだよ」
「燐、兄上のことは放っておいて、僕のことを構ってください」
燐は首にかじりついてくる『地の王』と称される上級悪魔を振り解けずにもがく。
「なんだったら、僕の城に行きましょう。兄上も君の弟にも煩わされなくて済みますよ」
チャキ。
薬学の本は机の上に置かれていて、傍らに立てかけてあったはずの自動小銃が雪男の手にある。安全装置解除、装弾も完了。いつもの爽やかな笑顔とは異質な歪んだ笑みを浮かべている。
「ゆ・・きお?どうした・・?銃なんか持ち出して」
燐を挟んで睨み合いをしている雪男とアマイモン。燐からは雪男の顔しか見えない。背後から抱き付かれているのでアマイモンがどんな顔をしているのかは。
無表情に雪男を映している瞳に感情は浮かばない。取るに足らないゴミを見る目。関心を向ける必要のないものを映すだけの視線。
「ん?このタイプは久しぶりだからね。少しウォーミングアップしたいと思っていたんだ。やっぱり、動く標的の方がいいし、射撃台よりも実践の方がよりいいでしょう?」
照準はアマイモン。銃口はしっかりと眉間に固定されている。
「お前、それフルオートだろ。こんなところでぶっ放すなよ、部屋が穴だらけになる」
「いいですよね?理事長」
「許可しましょう」
とりあえず止めようとした燐のフォローも空しく、雪男は銃口をアマイモンから外さないまま、理事長に話を振りメフィストもまたそれに許可を下す。
「燐、とりあえず逃げましょう」
「そうだな」
燐はゆっくりと腰を上げ、アマイモンに抱き付かれたまま後退る。
それにぎょっとする雪男とメフィスト。
しかし考えれば分かることだろう。銃口を向けられた先がアマイモンの眉間だとすれば、それは燐の真横にある。何を怒っているかは分からなくても、自分も撃たれると燐が思うのは自明の理だ。
勝ち誇ったアマイモンに連れ去られる燐を追おうとする雪男を制して、メフィストが指を鳴らす。
『アインス、ツヴァイ、ドライ☆』
ポンと軽い音を立てて燐と彼にしがみついているアマイモンが、何もない空間から現れる。『地の王』が無表情ながら悔しげに舌打ちをした。
「奥村先生、とりあえず、その銃は脇に置いてください。奥村君がまた逃げます」
メフィストの言葉に雪男はしぶしぶ自動小銃を脇に立て掛け直す。
「さて、奥村君。申し訳ないですが、お茶をいただけますか?出来たらウコバクではなく、君に入れて欲しいのですが」
「俺?」
「はい。あなたの入れるお茶が好きなんです、私」
すらりとそんな言葉で燐を狼狽えさせるメフィストは、胡乱な瞳で『地の王』を見ている。
「分かった。じゃ、ちょっと待ってろ。雪男、アマイモン、お前らも飲むか?」
「うん、お願いできるかな?ありがとう、兄さん」
「僕はココアがいいです」
飴をガリガリと噛み砕きながらの注文に燐は、『ココアなんかあったかなー』と首を捻りながら厨房に向かった。
「よくこの場に残ったな、『地の王』アマイモン」
燐が出て行った部屋の温度は一気に氷点下まで下がった感があった。
低く唸るメフィストは雪男が今まで知っていると思っていたどの彼とも違っていた。これが上級悪魔としての彼の本性なのかもしれない。
「何をぶち切れてるんですか?兄上」
不思議そうに尋ねるアマイモンと無表情なメフィスト。
「お前がこの正十字学園町に入れないようにすることも、二度とこの物質界に来られないようにすることも出来るが・・・」
「お前ら、喧嘩すんなよ。喧嘩したら飯抜きだからな」
メフィストの言葉が終わらないうちに、部屋の扉が開いて燐が戻ってきた。
「喧嘩なんてしてませんよ、奥村君。子供じゃあるまいし」
メフィストの声がワントーン上がった。
「それならいいんだけどさ。お茶、番茶でよかったか?ウコバクが道明寺作ってたから貰ってきたぞ、メフィスト、好きだったろ?」
「ありがとうございます」
お盆に湯飲みを三つとココアの入ったマグカップ、それから道明寺を三つ。アマイモンにはショートブレッド。
「で、4000ヒットって何のことなんだ?」
よっこいしょと胡坐を掻く燐は当初の話題に戻った。
「それって、管理人さんからのお題でしょ。なんでも一月で4000カウント回ったから四人でなんかしてくれって・・・」
燐の言葉を受けて雪男が説明する。
「なんかって言われてもなぁ」
「そもそも4000なんて不吉な数字を祝う必要があるのですか?」
「4が死に繋がるから不吉なんて日本人思考的ネタがメフィストの口から出るのが不思議だ」
燐が笑う。
「とりあえず、祝っておけばいいんじゃないですか?」
アマイモンの言葉に、それもそうか・・と他の三人も納得する。


『禁断のグリモア』4000ヒット、ありがとうございます。



おちなし、いみなし。


2011/05/29

コメント:
これはなんだ?と聞かれたら管理人の脳内思考です。・・・つまり妄想ですね。
現状、燐はどうもまだメフィストが悪魔だということに気づいてないみたいだし、アマイモンとメフィストが兄弟と言うことにも勿論気付いてない。
なのでその辺りも理解した上で雪男も絡めて四兄弟でじゃれたら楽しいだろうなと考えました。それぞれが燐を大事に思っているので、燐を中心にした三竦みが形成されてそうですね。管理人の頭の中にはこんな四兄弟が居たりします。

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