はじめてのキス

「ゆ・・きおっ・・?」
倒れた燐の下に血溜まりが出来る。
「行かせないよ、兄さん」
そんなこと許すものか。
傍らにたたずむ雪男の手からするりと竜騎士の象徴である拳銃が離れた。
銃は重い音を立てて、燐から失われた血溜まりに落ち、飛び散った血が雪男の足元へと跳ねた。
雪男の足から力が抜けて、がくりと膝を突く。




燐の服には無数の穴が開いていてた。
胸から腹から溢れる血は止まらない。
浅い息を吐きながら、弟の顔を見上げる。
それは懐かしい、昔良く雪男が浮かべていた表情だ。
頼りなげに助けを求める幼い顔。
燐は久しぶりに弟が全く変わっていなかったことを知った。
ずっと離れてしまったと思っていた。
道は分かれてしまった。
弟が理解が出来なかった。
二人の間には近しいのに絶対に踏み越えることの出来ない亀裂があった。
ひどく重い腕を上げ、カタカタと震える手を弟へと伸ばす。
バカだなぁ・・・。
「なに・・・泣いて・・・んだよ、ゆき・・お」
痛みはもう感じない。ただ、寒いだけだ。
とても寒い。
実はもう弟の顔も翳んでいて、良く見えない。
「ごめん、兄さん」
「泣く・・なよ」
そっと燐の手を取り、自分の胸元へと引き寄せて赦しを乞う。
これほど渇望されていたことに気付かなかった。
こんなにも愛されていたとは知らなかった。
今、このとき。それを知ったことを残念に思う。
今、このとき。気付いてしまったことが本当に残念だ。
それでも・・・。燐は力の入らない指先で雪男の掌の温もりを感じた。
億劫だったけれども、これ以上雪男に心配をかけまいと最期の力を振り絞って笑みを浮かべた。





雪男は段々と冷たくなっていく燐の掌を両手で包み込んだ。
自分の熱を移すように。握り返してくれることのない手を。
涙で曇って兄の顔が良く見えない。
不思議なくらい綺麗な笑みを浮かべた兄の瞳は既に空を見ている。
虚ろに光を失っていた。
「ごめん。でも、許せなかった。もうこれ以上、離れていかないで」
既に息のない兄に希う。
置いて行かないで。
手を離してしまったことに気付いたときは、もう修復できなくて。
道は強制的に分けられていて。
兄を失ってしまったとずっと思っていた。今でも思っている。
二人の間にとても近いのに絶対に踏み越えることの出来ない亀裂を作ってしまった。
自分から離れようと、遠くから見守ろうと兄を拒絶したのに。
自ら離した手を必死で求め引き戻そうとした。
「ごめん。一人で兄さんを虚無界へ行かせるなんて、許せるわけがなかった」
バカな弟でごめん。
雪男はまだ柔らかい燐の唇に初めてのキスをした。

2011/05/21

コメント:
良くある設定ですが、虚無界へと一人赴こうとする兄を赦せず殺しちゃった弟の話。
このあとユッキーが自殺したのか、悪魔落ちしたのか。
「兄が全て」の弟の末路は、いずれにしても悲惨、と言う話です。救われん。

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