GWお疲れ様でした
2013/05/06 22:51

注:SQ6月号ネタバレ含みます。







燐は『ぽんちゃん』で卵カレーもんじゃりながら、溜息をついた。
「奥村君、そないに落ち込まんと元気だしぃ」
じゅうじゅうと湯気を上げているもんじゃをはがしと呼ばれるヘラで掬う。ぽんちゃんスペシャルを食べながら子猫丸が苦笑いをしている。
学園祭のダンスパーティの誘いをしえみに断られた燐は、志摩曰く【リビングテッド】を通り越して【ただの屍】に昇格したらしい。
何するわけでもなく憔悴しきった魔神の落胤は、ただの恋に破れた男子学生だ。
「ふふふふ」
小さい笑い声を聞きとがめて目を眇めて子猫丸を見る燐。
「すんません。奥村君、なんや、かわいいなぁ思ぅて」
「はぁ!?なんだよ、可愛いって・・・」
「悪い意味やないんよ。・・うん・・なんて言ぅたら分かってもらえるやろか・・・。普通の人間みたいで・・ちょっと安心しましたわ」
「ふつーの人間・・ね」
「ぃや、ごめんなぁ、うまく言えへんのやけど・・」
燐の表情が翳るのに子猫丸はなんとか自分の思いを上手く伝えようとするが、出来なかった。
「いいよ。なんとなく分かる。まぁ、ダンスパーティは諦めるしかねぇけどな」
「せやね。メッフィーランドは無理やけど、学園祭も楽しぃよ」
「・・だな。うん。俺のクラスの出し物、軽食に決まったんだ。おにぎりと豚汁、俺が作るの」
「奥村君、料理上手やもんね。僕、楽しみやわ」
「おう。当日、来てくれたら、おごってやるよ。クラスメイトどもが高級食材揃えるっつってたからなぁ・・・」
「へぇ、そりゃあ是非、坊や志摩さんも誘って行きますわ」
「うん。待ってるぜぇ」
二人はもんじゃを食べ終わって、ぽんちゃんの前で別れた。


燐は一人で男子寮に向けて夕闇迫る道をのんびり歩いた。
しえみにダンスパーティを断られて、・・・誘う前に玉砕したのだが、急下降した気持ちは子猫丸の癒しオーラのおかげでかなり復活できた。
もんじゃで腹も膨れたし、鼻歌を歌いながら足取りも軽く。
点在する街頭の明かりが瞬いている。電気が切れ掛かっているのだろうか。明かりの中に人影がちらりと見えた。
近くまで来ると同じ正十字学園の制服を着ている。背の高い女の子だった。髪は青みがかったショートカット。さらさらと音がしそうだ。ついつい男の性として胸元に視線が行ってしまうのは仕方がない。
『胸、でけぇー。シュラといい勝負だ。・・・色白い・・』
視線を上げると薄い唇が笑みを刻んで燐を見ていることに気付いた。それ以上は視線が上げられなかった。顔が熱いのは、胸元を見て興奮した罪悪感と羞恥からだ。足早にその場を去ろうとした燐を、鈴を転がすような声が呼び止めた。
「あの・・・奥村君・・ですよね?」
「そだけど、何?」
よくあるシチュエーションに燐は相手の顔を見た。白い顔に印象的な琥珀の瞳がペリドットの翠を孕んで輝く。
「・・学園祭の・・・ダンパのことなんだけど・・」
そういえば、雪男は片っ端から女の子の誘いを断っているらしい・・。ふと、そんなことを思い出した燐は女の子から視線を外した。
「雪男・・なら、本人を直接誘ってくれ」
「え・・と、弟くんじゃないの」
「だぁから、本人に言えって・・・。へ?!」
燐の頭の中で予想していた返事とまったく違っていることに、気付くのが遅れて頓狂な声を上げてしまう。
「奥村燐君、私とダンスパーティに参加してください」
勢いよく頭を下げる相手に呆気に取られて燐は反応が遅れた。
「・・・ダメ・・かな?」
顔を上げて燐を覗き込む彼女の顔は紅潮していて可愛らしかった。
「・・ろしく。・・・よろしくお願いします」
掠れた声で勢いよく頭を下げる燐に、嬉しそうな笑顔を向ける彼女は笛栖芽衣子と名乗った。


翌日には、どこから情報を仕入れたのか祓魔塾の教室で志摩が涙目で燐に詰め寄ってきた。
「なんでぇ。なんでやの。奥村君、杜山さんに玉砕して諦めたて聞いたでぇ。ナイスバディなお嬢様に誘われたて聞ぃた。・・・奥村君、この情報ホンマやの?・・・ま、顔見れば分かるわ。本当にホンマなんなね。・・・・ぅぅ、羨ましぃわ」
弾丸のような質問攻めにしどろもどろに答えた燐はにへらと相好を崩している。この世の春を謳歌している者のみが持つオーラを眩しげに見て、志摩は溜息をついた。
「ふぉぉぉぉっ。燐、おめでとう。よかったね」
しえみが隣の席でニコニコしている。
「ほんま、逆転満塁ホームランやね」
「あんがと。俺も、まだ夢みたいだ・・ふわふわして、なんか危なっかしい・・ってか。足が地に着いてない」
「くぅぅ。なんて羨ましぃ。俺の春はいずこぉやぁぁぁ!!!」
「五月蝿いぞ、志摩」詠唱の教本片手に、オーバーリアクションで自分に来ない春を嘆く志摩をしかりつける勝呂。
「せやかて、ぼぉんんん」
「坊、言うな。やかましぃ」
「ひどっ」
「奥村も、シャキッとせぃ。授業が始まるで」
勝呂は仕切りスキル発動中。
慌てて席に着いた燐にしえみが隣から話しかけた。
「お付き合いするの?笛栖さんと」
自分のことのように喜んでいるしえみに複雑そうな視線を向けて、燐は意外な返事をした。
「・・いや、それは・・・多分、ない」
「え?!」
丁度湯の川先生が教室に入ってきたことでしえみは聞き返すことが出来なかった。


ダンスパーティ当日。
芽衣子と学園の校門で待ち合わせをした燐は、まず自分のクラスの喫茶店へと彼女を連れて行った。
おにぎりと豚汁を一緒に食べながら、メッフィーランドをどう回ろうかと話し合った。
女の子とどんな会話をすればいいのか分からない燐を優しい目で見つめる芽衣子を通りすがりに見た志摩が、新たな絶望の淵を見たという。
アトラクションを遊びつくして、生まれて初めてのコンサートにはしゃぐ燐を見つめる芽衣子も楽しそうだ。
ダンスパーティでは何度も芽衣子の足を踏み、ひたすら謝り倒していた燐だが、時が過ぎ夜も更けてキャンプファイヤーを囲む頃、ちらちらと横に座る芽衣子を気にし始めた。
「燐君、フォークダンスに交ざろう」
突然立ち上がった芽衣子に腕を引かれ、巨大な焚き火の周りで音楽に合わせてくるくる踊る人の列に交ざる。
「楽しい?」
今日、何度も聞かれた言葉だ。
芽衣子は幾度も燐に尋ねた。
「楽しいよ。一緒にいてくれてありがとう」
寂しそうに笑う燐に、芽衣子は踊るのを止めて人の輪から外れる。
「楽しく・・ない?」
少し困ったように首を傾げて燐を見つめる彼女の印象的な瞳に、こちらも困ったように言葉を捜しあぐねている燐が映っている。
「楽しいよ。・・すごく、楽しかった。ありがとう、メフィスト」
燐の口から意を決して放たれた言葉に、芽衣子は目を瞠った。
それからふっと息を吐いて愉快そうに静かに笑った。
「いつ?気付かれたのはいつですか?」
「・・・会ってすぐ。顔は違ってるけど、完璧女の子だったけど、その翠の瞳とお前の匂い」
「・・そんなに匂います?私」
袖口を鼻に持ってきてくんくんと嗅ぐ芽衣子は、心外そうに眉を顰めた。
「臭いわけじゃない。嗅ぎ慣れてるから、返って違和感を覚えたよ。知らない女の子から、お前の匂いがするの・・は」
「・・・そうですか。とんだ茶番、とんだ道化師。まさに私・・というわけですね」
落胆を隠さず肩をすくめた芽衣子はいつもの呪文でパチンと指を鳴らし、ピンクの煙の中からいつものメフィストが現れた。
「楽しそうに見えたのですが、私では役不足でしたでしょうか?」
「いや、楽しかったよ。コレ、本当。初めてずくしで、さ。コンサートも初めてだし、ダンスパーティも初めて、女の子と遊園地デートするのも、キャンプファイヤーで踊るのも。みんなみんな、初めてで、すごく楽しかった」
芽衣子の姿で握られていた右手は指を絡ませた所謂恋人繋ぎに変わってメフィストと繋がっている。
「だから。ありがとう。なんで女の子の格好していたのかは、ぜんぜん分からないけどな」
高い位置にあるメフィストを見上げて、心からの笑顔で感謝を告げる。
メフィストは企みを壊されて不満ではあるが、可愛い末の弟が嬉しそうにしているので納得しないわけにはいかない。
ダンスパーティが閉会した最後に、芽衣子がメフィストだと教えた時の、驚愕と落胆と怒りの表情を堪能しようという思惑からは外れた。しかし、楽しげな様子の燐を見ているとメフィストの心が浮き立つ。
「なぁ、メフィスト。今度は俺が誘うから、来年は誰とも約束するなよ」
燐は真っ赤になりながらそう言い置いて脱兎のごとく駆け出す。
「コレは驚いた。来年・・も、一緒に踊っていただけるとは。・・というより、まず君にはダンスを覚えていただかなくては。私だからいいものの、普通、あの回数足を踏まれれば女性は皆離れていくでしょうからね」
口ではそんなことを言いながら、来月にも急遽ダンスパーティを開こうと考えるメフィストだった。




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