candy | ナノ

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ゴールデンウイーク、やってきたのは仙台。私にとっては初めての遠征だ。拠点になる合宿場はなかなかのどかなところで緑がたくさん。予定では休みなく毎日練習試合三昧だから私も頑張りどころ!

着いて早々にひとつめの高校と練習試合を終えて合宿場に帰ってきた私たち。夕飯を食べて今は男性のお風呂タイム。私は今日試合の個人スコアをまとめたり明日の準備中だ。ササっとやりたいんだけどまだバレーのルールを覚えたばかりでまだまだ時間がかかってしまう。資料を広げて唸りながら書いているとガタンと音がして隣を見れば黒尾さんがいた。

「スコアまとめてんの?」
「はい。明日も試合だから早くまとめた方がいいかなって。」
「そっかサンキュ。分かんないとことかある?俺もう風呂終わったし手伝うよ。」
「大丈夫です。黒尾さん明日も試合なんですからゆっくり休んでください!」
「…分かった。」

おやすみなさいと手を振って戻るように誘導しようとして立ち上がった黒尾さんを見送った。主将に気を遣わせ訳にはいきません。ただでさえ移動に挨拶にみんなをまとめるのに大変なんだから。分からないところは芝山君に聞こうかななんて思いながら机に向かい直して作業を始めたとき、コンと目の前に置かれたのはオレンジジュースの缶。

「戻ったんじゃ…」
「これ買いに行っただけ。ったく明日も試合なのはお互い様だろ。マナだって疲れてんだから変に気を遣わなくてよろしい。」
「っ、ありがとうございます…」
「うん。で、分からないところあるんだろ?」
「わ、分かりますか?」
「顔見ればね。」

そうして身体をこちらに傾けて黒尾さんは分からないところを1つずつ丁寧に教えてくれた。お風呂上がりのシャンプーの匂いがふわりと香る。

「終わった!ありがとございます。黒尾さんの説明すごい分かりやすかったです。」
「どういたしまして。俺もいるし他の奴らも使っていいんだからあんま1人でやろうとするなよ?」
「はい。」

黒尾さんていつもさり気なくフォローしてくれて、周りのことをすごくよく見てると思う。私もマネージャーとしてもっと勉強してしっかりしないとだ。助けられてばかりいる黒尾さんにだって頼ってもらえるように。

それからもう少しやろうとしたのだけどもう寝ないとダメだと黒尾さんに怒られて部屋に戻ることに。ウロつかないようにと私のがドアを閉めるところまで確認された。最近思うんだけど黒尾さんてちょっと過保護だったりしないかな?研磨さんと幼馴染だし基本的に面倒見がいいんだろうなぁ。そして言われた通りそのまま布団に入ると思ったよりも疲れていた私はすぐに眠りについたのだった。

**

「今日も頑張りましょう!」
「マナはなんでそんなに元気なの…」
「研磨さんまだ折り返しです。まだまだこれからですよ!」

テンションの低めな研磨さんは合宿場を出たところで太陽の光に眩しそうに目を細めている。あのまま溶けちゃわないか心配だ。それでも試合になると一気にスイッチが入るからすごいんだよね。

今日の練習試合の相手の高校に着いて挨拶を済ませてさっそく試合が始まった。試合は終始うちのペースで今日は快勝。終わった後いつものように片付けをして対戦相手の人たちがいるところを通りかかる。ちょっと気まずいなと思っていたらその中の1人が前に立った。

「音駒のマネさんっ。背高くてモデルみたいだよね〜。よかったら時間あるときこのへん案内するよ。」
「あ、いえ自由時間ないので…」
「そうなの?じゃあID教えてよ。いろいろ教えてあげれるし。」

なかなかしつこい…彼は私の救急カバンを持ってて走り去ることもできないし…

「私彼氏いるので!こういうのはちょっと…」
「え〜いいじゃんIDだけ!」
「いやよくないですっ」

こういうときの最終手段は彼氏がいるって言ってしまうこと。もちろんいないから言ってて悲しくなるけれど…でもそれでも引かないこの人にほとほと呆れてしまう。どうしようかと思っていたとき、後ろから手が伸びてきて抱き抱えられるように体がさがった。

「しつこいのはよくないよね。俺の彼女に何か用ですか。」
「く、くろおさ…」
「彼氏って主将かよ…」
「負けたのによく相手校ナンパできるね。その前にもっと練習した方がいいんじゃない?」

後ろを見上げたらすごく笑顔で、すっごく威圧感全開の黒尾さんがそこにいた。そりゃ190cm弱の黒尾さんに凄まれて怯まない人っていないよね…目の前の彼は一瞬で後ずさりして鞄を下に置くとそそくさと退散していった。

「うちの備品雑に扱うなっての。」
「ありがとうございました…あの、もう大丈夫です。」
「っと悪い。」

抱き寄せられるように私の前に回された手と背中の体温が離れていく。ちょっとびっくりしたかもしれない。いやいや助けてくれただけなんだけども…!意識するときっともっと熱がこもってしまうからそのところには触れず一歩距離をとった。

「助かりました…すみません。」
「いやこっちこそ彼氏とか言ってスミマセン。たまたま聞こえたから合わせてみたんだけど大丈夫だった?」
「それはただの口実なので!ほんと助かりました!」
「なるほど。慣れてるね〜。」
「慣れてるのは黒尾さんですよ…」
「俺?なんで?」

一連の流れとか動作とか黒尾さんは女の子に慣れている!と思う。さりげなさ?みたいな。分かってないみたいだけどね。動揺してるの私だけだし…そのとき地鳴りと共に向かい側から走ってきたのは山本さん。勢いそのまま黒尾さんの前にズンと寄っている。

「黒尾さん!!!マナちゃんと付き合ってるってどういうことですかっっ!?聞いてないですよ!」
「はぁ?」
「さっきの相手の奴が、2人悔しいけどお似合いだって話してるの聞いたんす!」
「それは…うんそう。隠してたんだけどバレちゃしょうがないか。な、マナ?」
「え、ちが…!?黒尾さん!!」

あはははと爽やかに笑う黒尾さんはとても楽しそうだ。絶対にからかってる!突然話を振られた私はまた赤くなってしまって、それもあって山本さんはその話を信じ込んで漫画みたいに手をついて項垂れている。

「クロ、そういう面倒くさいのやめて。マナが困ってる。」
「研磨、見てたのかよ。山本が面白くてついね。じゃあまぁ、みんな待ってるし戻るか。」

のそりとやって来たのは研磨さんで私の隣に来ると大丈夫?と声をかけてくれた。山本さんが走っていくのを止められなかったらしい。そして黒尾さんはごめんごめんと私の肩をたたくと落ちた鞄を持って歩き始める。山本さんを置いて。

「黒尾さん!どうなってるのか説明を頼みます!!!」
「どうなってるんでしょ〜か?」
「山本さん!違うんです黒尾さんの冗談ですよ…!」
「マナちゃんいいんだ隠さないで…俺は応援するから…!」

カラカラと笑いながら歩く黒尾さんと泣きそうな山本さんを見てため息をつく研磨さんと必死で説明する私。本当のことを言ってるのは私なのに声が聞こえてないみたいで、誤解が解けるのはバスに乗ってから次の目的地に着く頃なのだった。

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「わ、わたし研磨さんの隣いいですか!?」
「うんいいけど…」
「あれ、もしかして黒尾避けられてる?さっきスケジュール確認やなんかで隣だったじゃん。」
「…たぶんやりすぎた。」
「嫌われたな。」
「夜久はっきり言いすぎ!」

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