candy | ナノ

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目が離せないって、こういうことを言うんだと思った。見るだけでもって言ってくれた猫又先生に甘えて改めてバレー部の練習を見始めた私は始まったミニゲームを瞬きも忘れるくらい見入ってしまった。私の知ってるバレーボールは体育でやるくらいのもので、こんな息つく暇もないような、一本がすごい音を立てて打ち付けられるものなんて初めて知った。転校してからこんなに興奮したのは初めてかもしれない。

「はいじゃあ今日は終わりね。」

猫又先生の声にハッと気がつけばいつの間にか練習も終わりの時間になっていたみたいだ。あっという間だったなぁ。知らない間に握りしめていた手を緩めてハァと息をついた。その時気配を感じて顔を上げるとすごく申し訳なさそうな顔をした彼がいた。

「ごめん!!」
「えっ、」
「あ、俺灰羽リエーフ!さっき俺勝手に勘違いして無理やり引っ張ってきたから…!だからごめん!!!」

大きな身体をくの字に曲げて終わった瞬間に走ってきたのは私を体育館に引き入れた灰羽君だ。最初にも思ったけどなんていうかとても表情豊かで人懐っこさがあって愛されキャラな感じが漂ってくる。

「ううんっ、その、私がちゃんと言わなかったから…私の方こそごめんなさい。」
「いや俺がごめん!」
「あ、謝らないで…!私が悪いから…」
「なに2人で何謝りあってんだよ。」

誤解だと言わなかったのは私だし見学は思った以上に楽しかったから謝られることなんてないのに。それでも律儀に謝る灰羽君と2人で頭を下げあっていると呆れたような顔をしてやってきたのは3年生の黒尾先輩。

「あぁ!てか黒尾さんも知ってたんですよね!俺と同罪…」
「で、見学してみてどうだった?そういえば名前は?」
「1年の七海マナ、です。」

灰羽君を見事にスルーしてこちらを向いた黒尾先輩はバレー面白いだろとニヤリと笑う。

「すごかったです。初めてちゃんと見たんですけどなんかこう迫力があって…!」
「それは何より。もし面白いって思ってくれたんなら、ほんとにマネージャーやってみたりしない?」

予想外の問いかけに驚いて目を見開いてしまった。私が、マネージャー?こんなにすごいところで?

「なんか部活入ってたりする?」
「いえ、帰宅部なんですけど…」
「じゃあいいじゃん!マネージャー!」

灰羽君がすかさず入ってくれたら嬉しい!と満面の笑顔を向けてくる。その勢いで思わず頷きそうになってしまうけど、いやいやまだクラスにも馴染めてないのにしかもこんな強豪バレー部のマネージャーなんてすぐに決めていいものじゃない。知識も経験もないんだから。返事に戸惑っているとき後ろから声が聞こえてきた。

「おい困ってんだろ〜!」
「そうだぞ。急なんだし1回持ち帰ってもらったら?」
「夜久に海。まぁそれもそうか。」
「えー!面白かったんなら入っちゃえばいいのに!」
「リエーフはちょっと黙ってろ。」

人が増えてきてなんだか囲まれている…!夜久と呼ばれた人にお前は片付けしてこい!とは蹴られてしまった灰羽君は名残惜しそうに片付けを手伝いにいった。めまぐるしい展開に立ち尽くしていると苦笑いをした黒尾先輩がこちらに向き直る。

「まぁ雰囲気はこんな感じだけどみんな春高目指して頑張ってます。」
「春高ってテレビでやってるやつ、ですか?」
「そうそう。」
「高校生のいちばん目指してるんですね。」
「いちばんか…そうだな、俺たちは絶対来年あのオレンジコートに立つよ。」

迷いなくそう言った黒尾先輩。とてもかっこいいなって思った。マネージャーになったら私もこんなかっこよくなれるのかななんて考えてしまう。たぶん、ううん私はやってみたいって思ってるんだ。でも、同じだけたまたま今日体育館に来ただけの私が勢いでやっていいものなのかとも不安に思う。

「勧誘したのは偶然もあるけど。」
「え?」
「七海練習見てた時一喜一憂してて面白かったから。」
「おもしろ…!?」
「ウソ。でも半分本当。ずっと手握って真剣に見ててくれてたから、こういう子にマネージャーやってもらえたらいいなと思ったんだよね。」

頭の中を覗かれたのかと落ちていた視線が弾かれたようにあがる。視線が合えばぷっと吹き出した黒尾先輩は口を押さえて笑っていた。

「見かけによらず考えてることけっこう顔にでるよなぁ。」
「私のことですか…!?」

ほらそういうところと言われて思わずつられて笑ってしまう。そうやって笑っていたら不思議といろいろなものが吹っ飛んでしまった。単純かもしれないけど社交辞令でもすごく嬉しかったから、私だからやってほしいと思ってもらえたと。それはそのまま言葉となったんだ。

「わ、私でよければやりたいです。」
「マジで!」
「え、黒尾に流されてない?大丈夫?」
「おい夜久失礼だろ俺に。」
「悪徳勧誘みたいな顔してるからだろ。」

そのまま2人が言い合いを初めてその中で海先輩が私の顔を覗き込んで心配そうな目を向ける。

「ゆっくり考えていいけど決めちゃって平気?」
「迷惑じゃなければ…やらせてもらいたいです!」

目を細めた海さんは大歓迎だよと私の肩にポンと手を置いた。

自分でもびっくりするくらいにトントンと話が進んでしまったものの、不思議と不安よりもワクワクの方が大きい。それはきっと私はもうこのバレーボールも、このバレー部ことも好きになってるってことなんじゃないかな。

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「注目〜。とうとう新しいマネージャーが入りました!」
「マネージャーやらせてもらうことになりました七海マナです。よろしくお願いしますっ」
「ハイ!俺!俺が誘いました!」
「うぉぉぉぉ…女子が、いる…!!」
「山本リエーフうるせぇ!」


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