candy | ナノ

 プロローグ


新しい生活に少しの緊張と、期待が混じって心がふわふわするような春。

「うちはそこまで校則は厳しくないけどもいかんせん初日にそれはちょっとやりすぎだぞ。そもそも…」

私は新しいクラスに挨拶もそうそうに教頭先生に怒られていた。せっかく高校生になったからと気合いを入れて髪を染めたりしてみたらどうやら思った以上に目立ってしまったみたいで見事に出鼻をくじかれた、いやくじかれている。

「はい、スミマセンでした…失礼します…」

長〜いお積極が終わった時にはほぼ半日が過ぎていて、見事に新学期のグループに入りそびれてしまった私。

さらに人見知りな上に見かけは取っ付きにくく見られることが多くて(仲良くなると見掛け倒しって言われる)友達を作るのにとても時間がかかる。背が高いこともコンプレックスだ。自分から明るく話しかけられる気さくな女の子に本当に憧れている。

せめて注意は放課後にしてほしかったなとしぼんだ気持ちのまま初日が終わって、ズルズルとそのまま1週間。もちろんクラスの子と話すことはあるけれどなかなか仲良くなれない日々。

いよいよ焦りもたまってきて自分で行動しないと!漫画みたいに助けてくれる人はいないし!と、ようやく今日、いま決意した(遅い)。明日へ意気込みながら放課後の廊下を歩いていたとき反対側から歩いてきた担任の先生がたぶん私を手招きしているのが見えた。

「お〜い七海!帰り道に届け物頼む!体育館にバレー部の顧問やってる猫又先生いるはずだからこれ渡してくれるか?」

「わ、分かりました。」

先生は早口で言うとずいと書類をこちらに渡して急いでいたのかあっという間に廊下の向こうに消えて行ってしまった。

「体育館…初めていくかも。」

バレー部って女子かな?同じクラスの子とかいたら話のきっかけになったらいいな。

そんな気持ちで体育館に歩き始めた。

**

そういえばうちのバレー部は強豪と言われる中のひとつだと、体育館の前に来てやっと思い出すことになる。

「すごい迫力…!」

人数こそ多くないけどその力強いボールの迫力に圧倒されてしまう。予想とは違って男子バレーボール部だったんだけど体育館を除いた瞬間目を奪われてしまった。さすが強豪、雰囲気が違うと言うかすごいなぁ。

入り口のところでしばらく見入って、声をかけるタイミングが分からなくなってしまった。あそこの奥にいるのが先生っぽいんだけど…

「じゃあ休憩〜」

そんな声が聞こえて空気が緩む。今がチャンスだ。あそこにいるたぶん猫又先生に…

「あ、あの猫又せん…」
「見学っすか!?」
「わっ!!!」

突然横から声をかけられて見上げると綺麗な顔の男の子が。ハーフかな?168cmの私がこんなに見上げることってあんまりないから新鮮かも。

「ずっと見てたよね!もしかしてマネージャー希望!?」
「いやあの、私は猫又先生に…」
「やっぱり!ちょっと待ってて。黒尾さ〜ん!とうとうきましたよマネージャー希望が!」
「えっ!あのそうじゃなくて私は頼まれたものを…」

私の話はたぶん聞こえていない背の大きな灰色の髪の男の声はこっち!と私の手を取りズンズンと体育館の中を歩いていく。着いた先はおそらく猫又先生とこれまた背の高い変わった黒髪の人がいるところ。

「お、マネージャー希望?したらとりあえず見学してみたら?」
「さっき入り口の所でずっと見てたんですよ!俺グッジョブですよね!?」

興奮気味にとっても嬉しそうに話す男の子を見てどうしてか芽生える罪悪感…間違えられたけれどこんなに喜ばれるとなんだか申し訳なくなってくる。その時コートの真ん中から声が飛んできた。

「おいリエーフ!サボってんじゃねぇ!お前が今やるっつたんだろ!」
「っ夜久さん!?ハ、ハイっす!」

その声に飛び上がったリエーフと呼ばれた子はじゃまた!とにっこり笑って走っていってしまった。

「もう無理だと思ってたもんなぁ。まぁ今日は見学してもらって細かい話は部活終わってからってことで。」
「あ、あの実は私は…」
「いやぁ助かるわ〜。今1年中心にマネージャー業務やってもらってるんだよね。」
「えぇ、そうなんですか。大変ですね。」

あれ、今すごく途中で話を遮られてしまったような。そしてなんだか話の方向がずれていってるのは気のせいじゃないとおもう。

「そうそう。1人でもいてくれたら大助かり。バレーボール経験者だったりする?」
「バレー、は体育ぐらいでしか…」
「そっか。経験は関係ないんだけどね。俺らそんな弱くないし見ててもたぶん面白いと思う。てことで前向きに考えてみて。」

俺は3年の黒尾ね、と最後に付け足すとタオルを置いてコートの中に走っていく。促されるまま話を聞いてしまって違いますと言う前に話が終わってしまった。

そして固まったままの私の隣には猫又先生。恐る恐る目線を上げるとそこには穏やかな笑顔があった。

「騒がしくて悪いね。上履き見るに1年生?」
「は、はい。」
「もしかしてその持ってる書類を届けにきてくれたんじゃないかな?」
「っそ、そうなんです…あの実はマネージャー希望とかではなくて。タイミングがわからなくなっちゃってなんだかすみません。」
「あぁやっぱり。悪いねリエーフが勘違いしたみたいで。黒尾もたぶん分かっててわざと乗っかったんだなあれは…」

そうだったんだ。確かにマネージャー希望だったら前向きに考えてねなんて声かけないかも。勧誘上手というか乗せ上手な人だ。いやでもそもそも私がはっきり言わないのが悪いんだけども…

「もちろんこのまま帰っていいんだけど、でももし、興味があったら少し見ていかないかい?」

減るもんじゃないからね、と猫又先生は目を細めた。視界の端のコートからは気持ちのいいボールの音と熱気。

そうして思わず頷いてしまったのはなぜだったのか。その理由は分からないけど体育館に踏み入れた時点で私はバレーボールに魅せられていたのかもしれない。ふわりと頬に感じた風は少し暖かくて新しい季節の匂いがした気がした。

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「マネージャー希望!すげぇ美人っスね〜!」
「リエーフ、たぶんだけどあれは希望じゃなくて通りすがりの1年生。」
「えぇ!?だ、だって黒尾さんも…」
「まぁ結果オーライってやつだな。なぁ研磨。」
「マネージャー希望じゃないのに見学させられるとか…」
「策士と呼んでください。」



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