過去と未来

「ねぇ見て見て!」

「マナが何か買ってくるのって珍しいな。育てんの?」

「うん。何の花が咲くかはお楽しみ。」

ある日の仕事終わり帰ってくると嬉しそうに鉢に水をあげているマナの姿があった。

マナがうちに来てもうすぐ2ヶ月が経とうとしている。彼女が隣にいる風景が当たり前になりりつつある中で、この部屋の中は最初のその日からほとんど変わらないように思う。普通は物が増えていくものだと思うけどマナに限ってはそうじゃないからだ。あるものは部屋の片隅のスーツケースと歯磨きくらいか。毎日一緒にいて、触れてこんなに近くにいるのに時々それがとても胸を騒つかせる。だからこうして新しい物を買ってきてくれたことは小さなことでも嬉しいことだった。水やりを終えたらしいマナがなに笑ってるの?とソファーの隣に並ぶ。

「や、早く咲くといいなと思って。」

「2人で水やりしようね。鉄朗君ズボラそうだから心配だよ。」

「買ってきた人が責任持つんだろ?」

「2人で育てます!当番制だからね?」

頬を膨らませて肩に頭を寄せてくるマナ。この花が咲く頃には広い家に引っ越すのもいいかもななんて思った。

「マナってあんまり物欲ないよな。女なのに。」

「旅慣れしちゃったからかな。いつでも出発できるように身軽でいなきゃって。」

「…また旅に出んの?」

「その予定はないよ。今は鉄朗君のそばに居たいもん。」

鉄朗君は寂しがりやだなぁなんて抱きついてきたマナを受け止める。どこから来て、どこに向かうのか、今だに謎の部分が多い彼女。いろんな物事に執着がないように見えるからいつかまた旅立ってしまうんじゃないか、時折そんな不安にかられるのは俺の中でマナの存在が大きくなってきてるからだろう。

「買い物でも行くか。」

「珍しいね。あ、この前駅の方に新しいケーキ屋さんできたみたいだよ。帰りに食べに行こうよ。」

「俺はコーヒーにするわ…」

そんな話をしながら軽いキスを落として立ち上がる。何か2人でインテリアでも選べたらいいなと出かける準備を始めるのだった。

**

土曜日、結局俺のものだけショッピングモールで買い物をして目的のケーキ屋を目指して歩いていた。チーズケーキが有名なんだよなんて話を聞いていたとき黒尾!と肩をたたかれる。振り向けば高校のときからの友達の夜久がそこにいた。

「久しぶりだな。黒尾この辺住んでるんだっけ?」

「まぁね。あ、こちらは俺の彼女です。」

「彼女?へ〜お前もやっと落ち着いたん…って七海さん?」

「あ…えっと夜久さん?ですよね。お久しぶりです。2人が友達なんてびっくり。鉄朗君あのね、前の会社で夜久さんのところが取引先だったの。」

会社という単語が出てきて驚いたのはバリバリ働いてるマナの姿が想像出来なかったからかもしれない。だってこんなに毎日ゆったり生活しているのに時間に追われたりなんかしたらハゲるんじゃないかと思う。

「今、会社勤めなんてできんのかって思ってるでしょ?」

「お、当たり。お茶汲みじゃないよね?」

「当たり前でしょ〜!もうっ、私だってオトナだからね。ちゃんと働いてたんだよ。」

そうして笑いあってると夜久が目を丸くしてこちらを見ているのが目に入った。うんこっちも言いたいことはなんとなくわかる。だから何かしら言わないように視線で牽制すると苦笑いを漏らされた。

「あ、あれだよ、七海さんすげぇ仕事できるから。突然辞めちゃってみんな驚いてた。」

「…たくさん働いたから少しゆっくりしたいなって思って。」

勿体無いくらいなのにと夜久が言うけど当の本人はすっきりした顔をしている。今まで一回も仕事の話なんてしなかったのだからきっと後悔はないんだろう。何より旅は本当に楽しかったみたいだから。

それから夜久は待ち合わせがあるからとそのまま別れて、俺たちは結局ケーキをお持ち帰りして家で味わうことにした。旅より前の話は初めて聞いた気がするな。マナにも昔があったんだと思って妙に安心したなんて言ったらきっと笑われるんだろう。それにしてもスーツ姿のマナなんてなかなか想像することができなかった。